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薄れる、でも。

高校時代に撮った、一番好きな写真。
多分、僕が撮ったはず。違ったかな。

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一昨日は命日。

あの日、彼女からかかってきた電話を取らなかったこと。
その日は部活でBBQをしていて、だけど途中で「今から学校に戻る」って言われたこと。

言われた時に、なにが起きたか確信したこと。

学校に戻って、顧問から伝えられた時の会議室の雰囲気。その日は泣けなかったこと。
帰りに何人かでご飯に行ってくだらないお喋りをして、何もなかったかのように取り繕いながら笑っていたこと。

定演の曲目が、彼女が歌いたいと言っていた曲集になったこと。なんでそんなの歌うんだよって思いながら、それでも、歌ったこと。

それらがあったことは、覚えているけれど。

記憶は薄れてしまっていて、その時の悲しみも怒りも遠いところにある。
亡くなったことは辛くて悲しかった。それによって手のひらを返してきた周りの人間は全員嫌いだった。人間不信だったのかもしれない。

でも、激情が渦巻いてたあの頃のことは、今ではほとんど思い出さなくなっている。
いや、思い出そうとしても、具体的なことはあまり思い出せない。
それが「風化」ということなのかもしれない。

でもそうやって風化していくから、前向きに生きていけるのかも、と思ったりもする。
「風化させたくない」思いはあるけれど、「風化させてはならない」ものなんてない、って信じていたい。

記憶が薄れていくのは、幸せなことだと思う。
でも、そんな出来事があったから、変化したことがたくさんある。考えとか、行動とか。
それはちゃんと覚えてる。

また来年、こうやって思い出すだろうから。
それまで、またね。


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