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学年2位の基礎医学学習論

世間的には基礎医学って難しいし最小限の苦労で誤魔化すべき捨て科目らしいんですよね。だからそっちの意見に寄せた方が共感が集まって好かれるし安牌なのですが、僕はそのへんの人間とは違うので嘘はつかず、基礎医学をガチった人間としてその方法論を共有しようと思います。続編として、使用教科書のレビューもそのうち行おうと考えています。

↓ 章立てが下手くそですみません。
文章もあっちにいったりこっちにいったりで変かもしれません。すみません

なお、自分はテストに通るだけで良いですという場合、最も効率が良いのは過去問の答えを覚えて理解することなので、ここから長々と書いた講釈はすべて無視していただいて構いません。

わたし個人的な学習のモチベーション

そもそも医学部に進学した理由が、学問としての医学に興味があったからなので、医学部2年生に進級する前から医学の授業は楽しみでした。そもそも医学に興味を持ったきっかけの話は重くなってしまうのでここではやりません。つまりそういうことです。
まあそれだけでは異次元の成績を取り続けるモチベーションとしては弱いので、支配的なモチベーションはもちろん別にありました。

というのも、学問としての医学に興味があったため、試しに大学2年生に進級した直後の細胞生物学や骨学の授業だけでも本気で成績を取ってみようと真面目に暗記に向き合ってみたのです。そうしているとたまたまその2つの授業が成績上位者貼り出し型の授業で、両方の授業で上位者として紹介されてしまったんですね。なんだかここから成績が下がるのもダサいし、あとに引けなくなってしまいました。こうして退路を絶たれてしまったという思い込みが、私にとって最大の学習モチベーションでした。サムネイル画像を見て私を承認欲求のバケモノと考えた御仁の考えはまあ当たりで良いと思います。あと、全科目のシケタイ(全科目のシケタイ?)をやっていたので、そのような業務上の要請という側面からも高成績をとらないければならない圧力に曝されていました。

これから医学の授業が始まるという人は、上記のエピソードを参考にしてもいいかもしれません。なんやかんやでスタートダッシュが成功するというのはその後の学習ペースに良い影響を与えるものです。後で余談として述べますが、スタートダッシュを決めることには明確な質的メリットもあります。

医学な〜んも興味ないという人や、なんならこれまでの医学の勉強が嫌で嫌で・・・という人は、下記の方法論を参考にしてもらって、現在のご自身の学習方法論と比較してできるだけ上手に無駄なく勉強できる方法を模索していただけたら、医学オタク冥利に尽きます。

「勉強の質と量」論に関連した勉強戦略の考察

結論「勉強の量を増やせ」

医学部入学前の高校生の中には、「医学部は暗記地獄で毎日10時間勉強するのは当たり前で・・・」みたいな謎の言説を信じている人もいるのですが(かくいう私もそうでした)、これはもちろん嘘です。大学によっては1年間に10日くらいはこういう日があるかもしれませんが、一般的な医学生は普段は遊びや部活やバイトやインターネット活動を謳歌しています。日頃から勉強オタクになっている医学生はごく一部です。

言い換えれば、一般的な医学生は勉強の「量」が足りていません(下注)。もしあなたが医学の学力で周りと差をつけたい場合、まず着目すべきは「量」で差をつけられているかどうかです。上記の嘘言説を実践してしまえば、それだけで簡単に上に立つことができます。私は上記の思い込みのエピソードもあり、大学2年の1年間と大学3年の前期はバカ正直に嘘言説を実践していました。天才とか賢いとかよく言われますが、みんなとの差を生み出した支配的な要因は頭の出来の違いではなくかけた時間の違いなんだと言いたいです。

※注 国試前の6年生に関しては例外です。どこを見渡してもみんな1日中勉強しているため、量で浮きこぼれることができません。


……という理想論を唱えつつも、「そんな時間はないからもっと効率的な方法を教えてくれ」「医学は嫌いだから勉強量を増やすくらいなら死んでやる」「俺は投資の勉強しかしたくない」「お前とは違って俺には恋人との時間があるんだ」という痛烈な叫びの気持ちは、とてもよく理解できます。

理解することによって暗記の量が減り学習効率が上がるというのは正しい場合が多いのですが、私は敢えてこの論のピットフォールを指摘し、現在世の中に広く知れ渡っている理解至上主義に警鐘を鳴らし、一周回って最も効率が良い勉強法の案として私の手法を紹介しようと思います。


「勉強の質」への盲目的崇拝に潜む罠 数学と医学の科目性質の違いに目を向けて

これ私のイメージなんですが、所謂「効率的」な勉強と言われているものは、先に抽象的なルールを理解して、そのルールの下で抽象→具体の演繹的思考を鍛え、暗記にかかる労力を省いて最短で60点を取りに行く省エネな勉強といえましょう。カッコいい✨。まあ、ここまで白々しく持ち上げたということは、当然、今からこの学習戦略をコケにします。この成績帯のこんな逆張り野郎は初めて乃至かなり珍しいんじゃないでしょうか。

抽象的なルールさえ正しく理解していれば細かい暗記をサボってもそのルールの応用だけでテストで点が取れるというのは、受験の範囲の数学や物理に限られます(しかしながら、そういう横着をやっている受験生の多くは高々凡夫なので大して数学・物理ができるわけではないのですが・・・)。近年のインターネットでは手間を省いたコスパと耳ざわりの良い手法がたいへん好まれるので、猫も杓子も「本質」を教えてもらおうと難しい参考書ルートを辿ったり有名な講師に師事したりしています。みなさんほんとにその「本質」とやらをモノにできてるって自信をもって言えますか?結局のところ「本質」の理解ではなくアルゴリズムの暗記をやっているだけではありませんか?
ここは自分の中でハッキリと答えを持っておくべきです。なぜなら、もしあなたがアルゴリズムの暗記の数で勝敗が決まる我々が住む下界に降りていることに気づかぬ上、本質をモノにしたと勘違いし暗記をサボってしまうという二重の過ちを犯してしまったら、あなたはライバルに負けることになるでしょう。そしてあなたはアルゴリズムの暗記の数で勝負をしないといけないのにも拘らず逆に「本質教」にのめり込み、負けループに入ってしまうのです。

ここから少しだけ本題とは逸れた数物系科目の考えかたの話をします。まあ、ここまで少し斜に構えた視点から物申しましたが、数学や物理を学ぶうえではこの手法は許容されると思います(どっちやねん!)。これらの科目はより抽象的な原理から具体的な現象に下っていく方向に正しいことをやっていれば、いつかは正解に辿り着くことができるので、使用者のスペックが高ければ抽象的なルールひとつだけでも最悪戦っていくことができます。何らかの事故によって正規の解法とズレた地点から思考が始まったとしても、真に正しい理論の下で頑強な演繹的思考を行えば、最終的には正解に辿り着くことができるでしょう。まあ計算量は保証しませんが。Twitterの上澄みの受験生がこのやり方で数学と物理の点が取れているなら、それはそれで良いと思います。世間で言う「同じ問題を何日も考え続けた結果、思考力が伸びたと思った」という体験談が上澄みの受験生からしか出てこないのは、「本質」をモノにできたかどうかの生存者バイアスの現れだと思います。それができる人が数物系科目を学習するときはそれでいいと思うのですが、私を含めて少なくない数の人間にとってはあるタイミングでアルゴリズムの暗記の方にエフォートのバランスを傾けるほうが数物系科目は伸びると思いますよ。

閑話休題。問題は、このやり方をそのまま医学の学習に適用しようとすることです。徹底的演繹思考一本では知識が足りないため浮島のない大洋を遠泳するかのごとく厳しいと思いますし、アルゴリズムの暗記の数で勝負するには量や例外が膨大すぎて限られた時間の中ではいつまでも完遂することができません。

数学や物理の問題を解くときの思考の流れ。正解のルートに合流できれば演繹的にいつか解ける。
医学の問題を解くときの思考の流れ。運が悪いと複数回の再帰が必要となる。

特に臨床医学の現場で直面する判断(学生なので、国家試験の臨床問題を想定しています)は、とりあえず初期条件を正しい公式によって正しく解析していったらいつかどこかで正解のルートに合流してたった一つの真実にたどり着いて解けてしまうような一本道ではなく、原理原則は存在するものの様々な階層に分岐点が存在し、最終的にたどり着く地点(診断)には膨大な可能性があり、それらを切り捨てなければならないという性質を持っています。
原理原則一本勝負で突き進んだ結果、違和感を孕みながら一応の結論(誤り)に辿り着くということは、医学ではたまに起こることですが、数物系科目では起こらないことでしょう。もしここで、当人が類い稀なる数学の才能を持っていて、生まれてこの方原理原則演繹思考一本勝負で困ったことがなく、「余計な」スキルツリーを伸ばしてこなかったとしたらどうなるでしょうか。医師国家試験を東大入試より難しく感じる人もいるのかもしれません。

そこで、医学の学習で大事なのは、原理原則の考えかたはもちろんのこと、ここは勝ち筋じゃないと思ったときに戻れる能力であると考えます。

① ここは勝ち筋じゃないという判断を下す能力
これは知っている実験的事実の数、出会ってきた臨床問題の数によって育まれる能力です。したがって、ここまで勉強の質に関する議論を行ってきましたが、結局のところ医学の学習では勉強の量を確保しなければならないという結論に戻ってきてしまいました(泣)敢えてリソースを節約するようなtipsを授けるとするならば、診断学の「感度・特異度」の考え方を意識して学習することでしょうか。
例えば、細胞内液と細胞外液のイオン濃度に関して、細胞外液にNaが多く細胞内液にKが多いという事実は、ほとんどの場合に満たされている『感度の高い』事実です。『感度の高い』事実は、ここから外れたらさすがに負け筋かもしれないという危機感を与えてくれます。『感度の高い』事実は、原理・原則とも言いかえられます。一方で、内耳の細胞外液である内リンパ液は細胞外液であるにも拘らずKが多くNaが少ないという『特異度の高い』事実を有しています。この『特異度の高い』事実は、勝ち筋を確定させ、その知識一発で問題/診断の解答を決めることができる強力なツールであることが多く、最短距離で成績を伸ばすのに非常に有用です。
もしリソースを節約しながら能力①を鍛えたいならば、学ぶべき項目ごとに最も感度が高い事実と最も特異度が高い事実に絞って暗記してみると良いのではないでしょうか。

ここまで知識の量の必要性を説いてきましたが、その他にも、自分の考えと事実とを見比べたときに自分の考えの方を諦められる勇気や俯瞰的な判断力も必要になります。頑固な人は損してると思うので、肩の力を抜いて物事を柔軟に考えるクセをつけてみましょう。まずはTwitterでちょっとムカつく投稿を見てもグッとこらえて許してあげることから始めましょう!

② 一段階抽象的な階層に戻すことができる能力

また、ここがどうやら負けルートだと気づくことができても、盲点ですがそこから一段階前の状態に戻れなければ、またゼロから前方向に考えることしかできずに時間と労力を無駄に払ってしまいますよね。

数学や物理の問題を解くときの思考の流れ。正解のルートに合流できれば演繹的にいつか解ける。
医学の問題を解くときの思考の流れ。運が悪いと複数回の再帰が必要となる。
数学が得意で頭が良いとされているのに医学で詰まる人への分析
詰まる数強と乗り越える数強の差が生まれる原因の分析

これ、「戻るだけなら簡単じゃないか」と思うじゃないですか。僕も以前は割とそう思っていたんですが、USMLEの学習が進んだ段階でよくよく考えると、これは人々が考えている以上に個人差が存在しそうだなという結論に達しました。

例えば、「発疹」から何かの感染症かSLE、アトピー性皮膚炎くらいしか浮かばない人と、川崎病、間質性腎炎、ペラグラ、移植片対宿主病、4S、リケッチア感染症などなど背景となる疾患をより多く、よりマニアックなところまで正しく想起できる人とでは、問題文に「発疹」と見たときに最終的に正答を選べる(=正しいルートに乗れる)見込みが高いのは後者でしょう。ここでも結局、学習の量によって再帰先の可能性をたくさん持っている人のほうが有利であるという結論に達してしまいます(泣)

また、一般的なorgan systemの教科書では、◯◯病→発疹 という説明がなされており、診断学の教科書では発疹→ ◯◯病、△△病、、、、というふうに逆引きの形式で記載されます。したがって、実のところ医学では疾患と症候との間の演繹と再帰の向きは厳密に決まっているわけではなく、必要に応じて「◯◯だから△△」と「△△だから◯◯かもしれない」というような、数学ではあんまり推奨されないような「逆」の考え方がいずれも許されているということです。これはホンモノの数強の方には受け入れられないかもしれません。

このように、思考の抽象度を一段階戻すという我々が普段当たり前のように行っている営みであっても、その正答への寄与度合いやそもそものそのような思考法への親和性に至るまで、大いなる個人差が存在するという可能性があります。したがって、この能力②を効率的に獲得するためには、できるだけ多くの人間と一緒に勉強を行い、自分と他人とを見比べ、自分に足りない部分を見極める機会が必要であると考えます。


知識を持っている人ほど新しい知識が入る

ここまで読んでくださった方々へ。残念でした。勉強の量を増やすことから逃げることはできませんでした。より効率の良い勉強をしたければ、回り道にもみえるかもしれませんが、最初の段階で量をケチらないことが大事であるということですね。これ本当に大事な考え方で、私もそれを実感していますし、

この動画でもお話されているCASTDICEの小林さんも、(一夜漬けということで「短期」というおまけ付き)結局最初にたくさん量をこなすのが大事であるということを仰られています。「知識を持っている人ほど新しい知識が入る」というのは、この動画のキーフレーズです。
この動画は英単語や法律に関する小林さんの体験談となっていますが、医学の学習に関して具体的にいつなにをやればいいのかは戦術の章でお話します。まあ、上の動画を見てもらえたらここから先に書かれてある内容と似たようなことがだいたいお話しされているので、自分で考えられる人はそれで済むかもしれません。

【短期・大量暗記術】東大法学部のテストすら乗り切る最強の暗記法! CASTDICE TV より
私も小林さんの暗記・理解型暗記の考え方に全面的に賛成です。

余談:いつ量を増やすことが質的に最も効果的か

学習の初期に無理してでも圧倒的な量をぶち込んでおくと、その効用は時間とともに蓄積していき、後々になってたいへん楽をすることができます。知識の定着には一定の潜時が必要ですし、新しい知識を古い知識と関連付けて学習できれば所謂「有機的な知識のネットワーク」の形成が行われ、少ない労力によって新しい知識をしっかりと自分のものにできるためお得です。このような学習した具体的知識から演繹的思考体系を自分でも構成することを意識した学習を学部2年の中盤からしばらく続けてきたことにより、CBTも直前期にあまり苦労せずかなり良いスコアを取ることができました(まあこんなに勉強してて苦労してないはさすがに無理があるかも)。低学年のうちから勉強を戦略的に、計画的に進めることをお薦めします。僕は低学年から勉強をガチってるあなたの味方です。CBTの成績を自慢したいあなたの味方です。低学年で受験した国試模試の成績を自慢したいあなたの味方です。これらを冷笑するあなたの敵です👿

本当はこれをサムネにしたかった(575)
CBT dedicatedの期間は2ヶ月でした。3日でQBを一周し次の1ヶ月間でmedu4を3倍速視聴。
最後の1ヶ月でmedu4の講義資料に情報を一元化しながら異次元の知識の詰め込み🤡

「理解と暗記」論に関連した勉強戦術の考察

閑話休題。質と量の話題に関連して、「理解か暗記か」という議論も、医学の学習に限らず様々な学習論においてトピックとされてきました。両者の議論は互いに従属関係にあるため質と量の話題のときにも見え隠れしていましたが、改めて理解と暗記のバランスについて注目し筆を進めていこうと思います。

私からは、これらはどちらも大事だけど同時にこなそうとすると難しいので、勉強の各フェーズにおいて片方に集中することをお薦めします。また、順番を間違えないことが重要だと思います。

1.  今日から勉強を開始するから専門用語を何も知らない場合

← 用語の音と形を大雑把に見て覚える「暗記」のフェーズです。(具体例:ケイコツソメン→脛骨粗面 と変換できるようにしたり、複製転写翻訳という用語がどうやらコアな概念らしいという印象を獲得しておいたりと、とりあえず登場する用語を見るだけ見て馴染んでおいて、脳内にこれからの学習の素地を作っておく。)
映像記憶能力を持っている人や僕みたいに映像記憶はないけど物覚えだけは気持ち悪いくらい良いという人以外は、戦術的に暗記をこなしていかなければ燃え尽きてしまう傾向にあります。

記憶術に関してはいくつかの「正解」が存在するので、上の動画などで情報を集め、自分に合う方法を試してみるといいと思います。

1-α. フェーズ1 が暗記であることへの反論に対して

よく、この段階で「まずは全体像を理解する」ということが推奨されています。これは「理解」という言葉を字面通りに捉えてしまう人にとっては危ない場合があります。フェーズ1すらままならないフェーズ2以前の段階で完全な理解を試みようとすると、時間だけを浪費して「オフチョべットしたテフをマブガッドしてリットにする」しか頭に残らないことがあり得ます。これは明らかに時間の無駄です。それならその時間で用語暗記でもしていたほうがマシでしょう。

オフチョべットしたテフをマブガッドしてリットにする様子

戦略の章でも似たようなお話をしていますね。やはり、下の画像を一枚暗記してから上の画像を見るほうが、上の画像からたくさん学ぶことができると思います。これが暗記が理解を助長することの最もわかりやすい例ではないでしょうか。

粉末状にした穀物に水を混ぜ、そこに更にお湯を追加する様子

ただし、時間さえ浪費しなければ、まずは全体像を俯瞰で理解することに効用はあるというのも私の立場です。オフチョベットの例でいくと、あの様子を見て料理をしているんだな~ということすらわからない人はさすがにフェーズ1以前の問題だからまずは「これは料理をやっているんだ」ということをどうにかして知らなければなりませんよね。時間を浪費せずに全体像を理解する手としては、わからないところが出てきても割り切って決して立ち止まらない縛りで薄い本を1日で読破する動画講義があれば倍速ノンストップでとりあえず全部聴く厚い教科書・講義資料があれば目次だけを5分眺めるなどの方法が考えられます。フェーズ0として理解を位置づけたいのであれば、『理解』を「理解(辞書的意味, understand)」と捉えずに、とにかく時間を浪費せずに『理解(あぁはいはいそういうのもあるのね, know)』して進んでしまう(=なんでも良いからとにかく一周する)とうまくいくと思います。

2a. 授業を寝ぼけながら聞いていたから用語に見覚えがある場合

←科目に関する用語に見覚えが出てきたタイミングは、一度「理解」することに挑戦してみるフェーズです。勉強が進んでいる知り合いや教科書の力を借り、適宜知識の取捨選択を行いながらそれらの主従関係や因果関係を整理します。要領が良い人なら、ある程度暗記が甘くてもこの見直し一発で朧げな点と点が強固な線で繋がり、その科目に対して非常にクリアカットな視点を持つことができると思います。ここで点と点を自分で繋ぐか他人から教えてもらった線を受け容れるだけかで大きな差が生まれてくるということは、戦略の章でお話ししました。
↑すみません。話していませんでした。これの意図するところは、他人産のアルゴリズムを覚えているだけだと、いつまでも他人に教えてもらったものでしか自分の思考を進めることができないから自習の効率が悪いし早晩頭打ちになってしまうけれど、自分で集めた具体的事実から原理原則を自分なりに復元することができれば、そこから先はアルゴリズムの発明側に回ることができ、それ以降の自習の効率が格段に上がり捗るということです。

2b. 授業を聞いてたけど途中から先生の話がわからなくなった。
あるいは、2aの理解を試みたけど文章の意味がわからない場合

←よく「自分は頭が悪いから・・・」というボヤキで片付けられてしまうケースですが、実は多くの場合で意味の「暗記」が足りていません。オフチョべットしたテフの例と同じことが医学の学習で起こっているだけです。この場合は、一度フェーズ1に戻ってしまうのが早道です。暗記をやり直したあと再度2aに挑戦します。

3. 資料が手元にあればその科目の主要な考え方について(間違えているかもしれないながらも)人に説明できる場合

2a.が終わるとその科目の本幹部分のessentialな部分の理解と暗記が完了し、本項の見出しにあるようになんとな~く友達に説明できるようになると思います。この時点で、学年の中でも半分より上、うまくやれば成績上位1~2割のレンジに入れていると思います。ここまで来たら、人によっては勉強の目的は達成できているはずなので、「あがり」の人もいるでしょう。ここまで来たら、あとは未開の分野に対して上記のステップを繰り返すだけです。すこし横道にそれながら複雑に書いてしまいましたが、戦術としては(know →) memorize → understand の繰り返しというだけの単純なものですね。

4. さらに上を目指す場合

さらに上を目指す場合は、ここから「教えてあげる君」になりましょう。人に簡潔に説明するときは、具体の情報を一段抽象的な階層に戻すストレスに曝されるため、それだけでご自身の知識の有機的ネットワークの強化を行うことができます。また、相手からの納得感や疑問点、誤りの指摘といったフィードバックを受け取ることで、知識のネットワークをより高品質なものに作り変えることもできます。

おわりに

以上、暗記しろしろと嫌なプレッシャーを安全圏から与えてしまいすみません。しかしながら令和のこの時代、本当に差がつくのはコスパではなく逆に泥臭さだと思います。よろしくお願いいたします。

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