「カナリアは眠らない」

 資料で見た景色が、M.S.B.S.を通して意識下へ移される。
周囲は一面幾何学模様が彫られた赤い壁で覆われている、火星遺跡の内部。巨大なはずのVR(バーチャロイド)ですら余裕で移動が可能なほどの広大さを見せていた。これといってエネルギー反応もなにもない。死んでいるのか、眠っているのか、遺跡からはなんの反応もなかった。
「公司はここになにがあるって思って俺たちを派遣したんだろうな」
 正規軍の兵士のぼやきがスピーカーにこぼれた。
 知らねえよ。
 と、心で返す。
 ブリーフィングで聞いた話はこうだ。

 月の遺跡に似たものが火星に見つかった。内部を調査してこい。

 その程度の話だ。
 傭兵は何も知らされていない。知りたくもない。そして多分お前たち(正規兵)以上になにも知らない。
 なにせ本隊から先行する俺たち三人の部隊名はカナリア隊。まさに炭鉱のカナリアだ。
 トラップだろうと暴走VRだろうと踏み抜いて、命を賭して本隊に危険を知らせるのが仕事だ。使い捨てだ。
 とはいえだ。これまでの死線を潜り抜けてきた俺たちを、戦争公司……正確にはその擁するどっかの組織だ、はそれなりの評価をしてくれているらしい。この探索がうまくいけば正規パイロットとして受け入れてくれる、そんな話になっている。昨夜は仲間とその話で盛り上がった。これで、角突き……テムジンに乗れるって。そうしたら、このテンエイティとはおさらばだ。
 これは契約事項であり、口約束ではない。確かに次のパイロットを待つテムジンを俺たちは見たし、ワッペンはついていないが制服のサイズも採寸をすませた。あとは、生きて帰るだけだ。
だが

避けろ!

俺『たち』は叫んでいた。
傭兵の勘が察知より早く、その場を飛びのいていた。
俺たちの間を、闇が疾駆した。
 旋回し後方の本隊を見やった。
「あ、ああ……うそ……だろ?」
 カナリア・3が、掠れた声でつぶやく。
 見えただけで、テムジン三機とライデンが一機大破、エンジェラン一機と、ドルドレイが二機が中破、その向こうで今まさにフェイエンの首がもがれたところだった。
 それは、闇だった。一度だけ見たことがある特徴的な、シルエットのテムジン。誰もが畏怖し、憧れ、尊敬を集めたそれ。だが、見てわかる。おそらく、今それはそうであってはいけない厄災の悪魔。
 黒の白騎士。
「シャド……」
 サイファーのパイロットの言葉は最後まで語られることなく、『闇』に切り伏せられた。M.S.B.S.のモニタリングを確認する。VRとパイロットのリンクはタイムラグが設計され、致命的なダメージはフィードバックされないようフィルタがされている。機体が破壊されれば、自動的にリンクが解かれ人の体に魂は戻る。だが、俺のマシンがはじき出した答えは「VANISHED」。パイロットの魂は、虚数空間の塵になっていた。やつの攻撃は、M.S.B.S.のシステムより早くVRごとパイロットを撃つことができるらしい。物理現象を、光を、EPRバラドクスを超えてきやがる。
「ふっ、ざけんなよ!」
CGS type a1/cガンを構え乱射する。カナリア・3と、2はもう配置について戦闘態勢に入っていた。頑丈そうな柱と倒れたVRたちを盾にでき、かつ闇を取り囲み互いにフォロー可能な、俺たちの戦い方。
闇は生き残ったライデンや、ドルドレイたちの攻撃を躱しながら次々と屠っていく。正規兵がこのざまかよ!
「お前ら、離脱しろ!」
「だめだ! ジャミングがされている! 遺跡全体が……起動している!?」
「籠の鳥か!」
「うまくいったつもりなのかしらカナリア2!」
「面白くもねえなカナリア2!」
 VRの瓦礫が積み上げられていく中、覚悟を決めたライデンがいた。おそらくこの中で最も実戦経験の多い正規パイロット。バイナリーロータスにキルマークが無数についていた。
「援護するぞ!」
『Rog!』
 闇の速度は尋常ではなかった。視界に入った時にはもう、ほかのVRが破壊された後だ。だがありがたいことにこれまでの傭兵経験は無駄ではなかったようだ。完全な勘、先読みだが、どう動くか予測はついた。テンエイティの反応速度と俺の予測速度。AIの学習結果のおかげか、俺の魂が宿っているのかこれまで以上に早く動けているような気がした。
「撃て!」
 俺が三人に送った予測位置に、2と3がターボ射撃を行う。
「gotcha!」
 交錯する二本のビームは闇の脚と背のブースタを焼いた。
 ライデンのパイロットはリミッターを切っていた。おそらくそんな動きだ。
「お前が最後のキルマークだ! あの世にもっていってやる!」
 ライデンはよろめいた『闇』に掴みかかり、バイナリィロータスを展開、照射。微塵の隙間もない、ゼロ距離でのクロスレーザーが闇を照らす。
「やったか」
 カナリア・2の声。
 光が消えたとき、ライデンの背には、闇が持つ剣が墓標のように生えていた。
 剣が振りぬかれライデンは二つに裂かれる。
「まじかよ」
 俺も知らぬうちに声をこぼしていた。
 だが。
 がくん、と闇は態勢を崩す。
「さすがにノーダメージってわけにはいかないようだな」
 本隊はこれで、全滅。俺たちだけが生存者ってわけか。このまま勝てるならばだけど。
「いけるぞ! とどめだ!」
「だめよ2!」
「やめろおおおお!」
 飛び込む2、止めようとした3。二人は無残に切り裂かれていた。
「は、はは……片や闇落ちの白虹騎士と片や型落ちのテンエイティ。力の差なんざ、決定的じゃねえかよ。笑う以外になにができる。クソ……ああ、いや、これで勝てたなら最高だな。折角だ、腐らず最後まで生きてやるかっておっとお! モノローグくらいさせろよな」
 気配で闇の剣を避ける。見えてなんかいない。完全な勘だけだ。普通の戦争ならよ、もっと楽しめたんだけどな、そういう状況じゃあねえよな。それ以上だ!
 ソードの出力を上げてなんとか受け続ける。だが、相手もこちらの動きに慣れ、先読みを崩してきた。
「おいおい、こういうとき強くなるのは主人公側の方だぜ! そこだ!」
 ターボビームを発射、空にあった闇のツノとブースタを一つ焼いた。だが。
「くっそ! Vコンバータの蓋が消え(アンパッケージド)た!」
 考えることは同じだったようだ。あちらも同時にラジカルザッパーを放ってきていた。本来の出力が出ていなかったようで、肩をかすめVコンバータを少し損壊しただけで済んだようだ。といっても、今の故障でリミッターが解除されているようなもんだ。今ならなんでもできそうだが、引き換えになんでも起きてしまいそうだ。
一応ライデンの野郎に感謝だ。全力だったら今頃上半身が消えている。
Vコンバータの故障によりあたりに赤いアラートマップの表示とビープ音が鳴り響いている。
「アラートうるっせえなあ。わかってるって。せめて静かに冥途にいかせてくれよな。くそ、出力があがり続けてる。もとより蓋(ハードリミッター)は奴さんが飛ばしてくれたし、今あるソフトリミッターじゃあ、限界がある。もう継続戦闘は無理だ。このまま殺されるか、エネルギーのオーバーロードで自壊するか、どっちかだな。
「あー、一度でいいからVターンとかいうかっこいいマニューバ決めてみたかったぜ」
 世代遅れのこいつにそんな能力はない。慣れと実力だけで生き抜いてきた。誰よりもテンエイティをうまく扱えるし、知っている。だからこそだろう、天啓のように閃いた。
「なら、やってから死ぬか! よーしよーし、最後にひと花咲かせるぞ。これまで、つきあってくれてありがとうなテンエイティ。お前が白騎士を倒した、それもシャドウをってえんなら英雄譚を超えて神話でお釣りがくるわ」
 ため息をつく。
 そして正面の厄災を見据えた。
「いくぞ」
 ブーストを放ち真正面から挑む。
甲高いスラスターの音が俺の耳にも響く。
アラートが増え続ける。
「おいおい、そんなに喜んでくれるなや。俺も泣いちまうだろう? きた!」
 フルブレーキと共に地面を蹴って横に飛びのく。闇の射撃が残された右足を消し飛ばす。
 なあに、ここまでは予想通り。
 次の射撃が来た。
「はえええ!」
 残された足と逆噴射で機体を止める。もう脳みそが飛び出そうだ。勢いを殺しきれず、流された左腕が飲み込まれ消えた。
「こここここ、ここ、こここまで狙い通りだぜ!」
 俺は鶏かよ。
 まあ、チキンでも構わないぜ。
 いや、カナリアだったか。
 やばいことには敏感なんでな!
 地を蹴り反対側へ飛びのく。右足のアクチュエーターがぶっとんでアラートが増える。俺の心臓もぶっとびそうだ。
 俺の行く先にやつはスライプナーを構えた。
「言ったろ? カナリアなんだよ。それはよく臭ってた。お前の殺意がな」
 最後の跳躍だ。
 真上へ飛ぶ。直後地面が焼かれ、最後の脚が砕け散った。
「ははっ! すまんな! なお前の綺麗な脚、大好きだったんだがな! さあ、テンエイティ! 復讐の時間だ! お前を傷者にしたあいつをぶっ壊(スクラップド)してやろぜ! リミッター解除! 俺の魂ごと全部出し切れえええええ!」
 Vターンどころか、B(バーニング)ターンだこんにゃろう!
上昇からの急変動、急加速、急降下。
スラスターと突き出したビームソードに全エネルギーを託す。
青い衝角が闇に襲い掛かる。
 真っ赤に染まった視界に急速に近づく『闇』。
 やつの腕が動く。
 スライプナーを構えなおそうってのかい?
理論値出力千五百パーセントのスラスターだバカ! 間に合うわけねえだろう!
「『俺たち』をくらいやがれえええええええええええ!」
 衝撃、そして静寂。
 モニターは死んだらしい。手ごたえはあった。
 意識はある。M.S.B.S.もまだ稼働状態だ。
勝ったな。
 そう思った瞬間、激しいビープ音。意識が赤く染まり、次第に闇が足元から這い上がる感触。浸食。
 それは、闇。
「お前、白騎士の!」
 俺のモノではない、湧き上がる黒の感情。
吐き気と快感、悔恨と悦楽、恐怖と期待、理性と本能、光と闇……。
相反するものが俺の中で暴れ続ける。胸をかきむしり、歯を食いしばり、のたうち回る。
呑み込まれたならきっと幸せになれるのだろう。ただ、そのときは俺ではない別の何かだ。だが、割れそうになる頭を押さえ、うめくことしかできない。
M.S.B.S.のアラートが響き、俺になにかを叫んでいるように聞こえた。
「ああ、ああ! ぐああああ! すまん、お、お前(テンエイティ)は勝て、勝てたの、に、俺が……負けっちま……」
 アラートが更に大きく響く。
俺は、本当にお前を……。

エピローグ

目が覚めたとき、俺は病院にいた。
M.S.B.S.から救出され、無事だったのは俺だけだったそうだ。
だが、本来の意味での無事とは言い難かった。それはソフト的にもハード的にもだ。
 まず、あの『闇』については他言無用とのことだった。
 白騎士がシャドウとなっていただけでも問題であっただけでなく、探索部隊が全滅、生き残ったのは傭兵一人である事実もすべてが組織にとって大事となっているようだった。
 おそらく誰かの独断専行があったのだろう。
 それだけならまだ、よかった。よくないが。
 敵対勢力と会って俺は一人逃げたことになっていた。
皆を残し、撤退。敵対勢力の存在は不明で現在も調査中。
それが組織の見解だそうだ。
多額の慰問金(口止め料)を俺は受け取った。
情けないって言うなよ。腐った金でもなきゃあ生きていけねえんだ。カナリア2,3の分も受け取った。あいつらに家族はいなかったからな。まあ、周囲の反応はお察しだ。
勿論、正規兵の話はなかったことになった。そもそも、そんなやつらのところに行く気はない。あのライデン乗りのようなやつもいるだろうが、それなりの苦労をしていただろうさ。
さらにだ。傭兵仲間にも俺の評判にはケチがついた。仲間を置き去りにして逃げたクソ野郎。それが今の俺の通り名だ。そのうえどこから漏れたか知らないが、「生き残ったで賞」を貰ったってことまでやつらは怒りの燃料にしてくれてる。お前らだって金の為に生きてるじゃねえか。いや、信頼をなくしたならもう界隈じゃあ碌な仕事はねえだろうな。
それから、俺は今も傭兵をしている。
慰問金のほとんどを使ってテンエイティを回収、元通り(レストア)にした。
あれだけの金があれば、中古のテムジンだって乗れたのにな。馬鹿は俺だったようだ。そしてM.S.B.S.もまたリフレッシュして使い続けている。
ソフト的に無事ではないとは、この話だ。
精神汚染があったことで俺は検査を受け続けた。だが結果はシロだ。M.S.B.S.もシャドウの残滓もなければ、リミッターを解除した形跡もなかったらしい。
テストでスタンドアローンのM.S.B.S.を起動したが問題はなかった。エンジニアの話によれば、テンエイティの旧式Vコンバータに乗れなかった、リミッターが生きた、そのようなことを言っていた。
いや、汚染されまくりだし、リミッターはそもそもぶっとんでオシャカだったし。黙っておいたけど。専門家が言うならいいか、とそのとき俺は笑っておいた。
ただ、センチに過ぎるが、とそいつは前置きして、言う。
「こいつ(テンエイティ)の意志で汚染からあんたを守ったのかもしれないな」
ったりめえだろう?
相棒だぜ?
黒の白騎士に勝ったバディだぜ?
まあ、それによりいまだにVR乗りが続けられている。
そしてあの日のシャドウを探している。
あいつは俺を求めている。
あいつは俺の中で眠っているのだ。
そしてそのときを待ちわびている。
そうだ、聞こえるのだ。
 虚ろに響く、『闇』の声が。
 決着をつけようと。

 それから、俺は名前を変え、また戦場(ここ)にいる。
 
 無線に出発を促す声が聞こえる。
 カタパルトに足をかけた。
 「スリーピーホロウ、出る」