救われない。満たされない。でもバンド「たま」の楽曲がこびりついて離れない

バンド「たま」が気になりすぎて、ここ最近はずっと「たま」ばかり聞いています。

どうして今「たま」なの??

うーん、分かりません。

よく聞くラジオで流れてきたわけでもないし、Youtubeでおすすめされたわけでもない。ただ1個だけ、「たま」に触れた機会があったとするならば、高校時代に部活のメンツでカラオケに行ったとき、メンバーのひとりが「たま」の『さよなら人類』を歌っていたというだけ。しかも、十八番というわけではなくて、聞いたのは1回だけだったような気もする。

そんな希薄過ぎる接点にも関わらず、なぜか2016年にたま熱が上昇している。

楽曲だけでなく、そのメンバー構成が気になったので調べると、けっこう世の中では「一発屋」として知られているようだということが分かった。先の『さよなら人類』がメジャーデンビューシングルにも関わらず超ヒットしてその年に紅白出場まで果たしたけれど、それ以外はパッとせず、だったかららしい。

時代の雰囲気と曲調・歌詞・ビジュアルのすべてがニーズにはまったからなのだろうけれど、だったらなぜニヒルっぽい他の歌もウケなかったのか、わたしにはよく分からない(それが流行の歯車が持つ性質なのでしょうか)。

というか、このニヒルさは、世間が目を背けたくなるものだったに違いない、となんとなく思う。

ある音楽番組に「たま」が出た時、審査員の一人は「こういう音楽を、わかったって言っちゃいけない」と評価したという。

「たま」が誕生したのは1984年。3名で結成し、その後1986年に4名になって、1990年にメジャーデビュー。その年の紅白に出場したというので、わたしが生まれたのは、そのキセキの一発を打ち上げた後ということになる。

その後『あっけにとられた時のうた』という楽曲で『ちびまる子ちゃん』の主題歌を手掛けるなど、耳にすることはあったにはあったのだろうけれど、わたしのなかで「たま」が其れだと認識されることはなかった。

なんでかどうしてか、2016年の3月に、とつぜん『さよなら人類』の「猿にはなりたくない♩」というフレーズを思い出したのだ。思い出したきっかけは、3.11以降被災地で花を生け続けるある華道家の方の話を聞いてから、な、気がする。彼は「たま」の話は一ミリたりともしなかったのだけれど、わたしの頭の中にそのフレーズがふわーっと浮かび上がってきたのでした。

ニヒルなものというのは、時として疎ましがられる。「リスカしょ…」なんて台詞が皮肉めいて使われたこともあるが、世の中への諦めとか憂いが虚しさになって言葉にするとネガティブな産物として、「めんどくさいもの」に振り分けられてしまうことも、しばしば。

「たま」が『さよなら人類』という痛烈なニヒルな笑いを浮かべたところへ、「よくぞ言ってくれた!」という人と、垢抜けてるのか抜けてないのかわからないビジュアルに興味本位で近づいた人と、電子機器をあまり使わない楽曲の個性に惹かれた人と……「いままでにない感じ」が鮮烈に目立ち、注目が高まったのでしょう。

けれどオーディエンスは気付く。「たま」の浮かべたニヒルな笑い。その笑いはわたしたちを救ってくれる笑いではないこと。むしろ時に皮肉的で絶望的で、退廃的な笑顔だということ。
そういうものに直面すると、ひとは逃げたくなるものだ。あれ、思ってたのと違う。「たま」は愉快な打楽器バンドではない。自己肯定感を満たしてもくれない。「わたし」が目を背けてきたものしか、詰まっていない、と。

「たま」の醸すニヒルさは、人によって受け取り方が違う。「たま」を代弁者として認めた人にとって、彼らは救いの手こそ差し伸べなくても、言葉にしてもらうことで自分の心の闇とか世の中への絶望とか虚しさとかが、逆に軽くなったりする。

「たま」を聴きながら思うのは、傷を抉られると逆に昇華できることもあるんじゃないのかなあ、ということ。今は、その傷口を懇切ていねいにケアして絆創膏を貼ってもとどおりにしなきゃいけない、そんな風に助けてあげる、なんて風潮が強いような気がするけど、でも永遠に塞がらない傷もある。永遠に、満たされない心もある、かもしれない。

そんなからっぽを、ぐいっとえぐり出してもらうと、自分でかかえていたものが、一気に自分だけのものじゃなくなる。同じような苦しさを抱えた人が集まってきたり、集まってこなくても自分の心と向き合う、間(ま)が与えられる。

「たま」の音楽を聴いていると、時々やっぱりわたしもえぐられるような気分になることもある。べつに、マゾヒストというわけではなくて、そうやって力ずくでないと見つめようともしない自分の触れたくない部分があるのだということ。そして、目の前の壁を壊すには、その傷を抉らないといけない時もあるのだということ。

なんか、暗い話のようだけど、傷なんて誰しも持っているもので、それとどう向き合うの?って話。わたしにとって「たま」を思い出し、しかも聞かずにはいられないこの現象は、まさにこの「傷のえぐり出し」を行っていることなのではないかしら、と思っている。良薬口に苦しっていうし。荒療治もたまには必要ね。「たま」のライブ見に行きたかったなー。


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読んでいただき、本当にありがとうございます。

ありがとうございます。今日の夜、よく眠れますように。
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コメント12件

高橋さん、横ってしまって、ごめんなさい。荒らしに来た訳でな毛頭ないんで、後1回だけコメントさせてください。
たかはしよーへい さん すみません、ご挨拶しておりませんでした。はじめまして!

90年初頭〜中期 
当時、中高生、大学生の多感な世代だったので、インディーズ、メジャー問わずバンドにのめり込んでいた時代でした。今までも全然聴けるいいバンドたくさんいるんですけどねぇ。あえてバンド名は出しませんが、混沌としてて濃厚な時代でしたよ。
その時代にバンド文化がないと日本でスペシャとかMTVジャパンなんて生まれてこなかった訳です。
hiphop、テクノ文化だけでは。

その時代が青春真っ盛りの人間にしてみれば90年が抹殺されるのが心苦しところで。
それだけだったのです。ということで、おばちゃんはこんくらいしておきます。
高橋さん、再度すみませんでした。失礼いたししました。
> たかしたよーへいさん コメントありがとうございます!なるほど、、リゲインのキャッチコピーは、今の時代の風潮と対比する場面でよく比較対象として聞きます。わたしはバブルがはじけたあとに生まれた、いわゆる失われた20年をリアルタイムで併走している世代です。ですので、「たま」のニヒルさが傷口に塩を塗るような感覚を覚えた人もいたのではないかな、なんて想像しています。でも、辛いことをツライと言ってくれる人、くだらないことをくだらないと歌ってくれる人がいたことは、ある意味救いだったのでは、、とも思って、このnoteを書いた次第です(._.) 今音楽のお仕事をなさっているのですね!わたしは「たま」だけでなく、椎名林檎も大好きで時々noteに彼女を題材にしたものも書きます笑
> Blancolicさん コメントありがとうございます。世代で切る音楽というのも、時代を象徴していておもしろそうですね。わたしは最近歌謡曲にもハマっていて、それはおよそ60年代から70年代なのですがまだ分析しきれていない状態です。山口百恵さんの凄さに今更恐れおののいたりしています。またそのこをnoteで書きましたら、読んでいただけますと嬉しいです。
冷静に考えると、、、人のお部屋を散らかしてしまいました。も〜すみませんでした。ここは下北の喫茶店ではない!ッチューの!みたいな。春の嵐でした、上の削除したいと思いますです。楽しいコラムこれからも楽しみにしていますね!ちなみに、60、70年代の歌謡曲は私も好きなので楽しみです。歌い手さんだけでなく、作曲家と作詞家の作品で追ってみるの楽しいと思います。濃い時代ですよね〜。
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