やっとたどり着いた念願の国・キューバは結局よく分からない国だった

正直、少しビビっていた。

3年前、8ヶ月ほどふらふらと、一人でまわった、気ままな世界放浪。放浪、と言うには少し計画的すぎて、旅というほど哀愁もない行脚で、好きなところに好きなだけいる、その地域のふつうの生活をしてみる、という二つの決めごとだけ胸に、あっという間に過ぎた日々。

そして今回は休暇という名目で、3年以上焦がれたキューバへの一人旅。

決めごとは、特になかった。誰とも出会わなければそれでもいい。たとえ美味しいものが食べられなくても、冒険がなくてもいい。ただ見てみたい、それだけ。

3年前のあの頃は、出発当時はまだ20歳。今回は23歳。どちらも、現地で歳を重ねて、歳をとればとるほど怖いものはなくなると思っていたけれど、あの頃より、出発前に若干ビビっている自分がいた。

3年前も、ビビっていなかったわけじゃない。でも、行くと言ったら行くんだ!という勢いは強がりになり自分への鼓舞と現実味を濃くさせて、まるでものすごい追い風にうまく波乗りするように、海外ヘポーンと飛んで行ったし、その高揚感がビビりを大きく上回って打ち消してくれた。

でも今回は、ウォーミングアップを十分にできなかった短距離走者のよう。恐る恐る助走をつけて、エイっと恐さを振り切るように飛び出した。

今回のキューバへの一人旅は、期間だって1週間くらいだし、行く国も1カ国(実際はメキシコにも寄り道して2カ国)だけだし、持ち物もお金も、前回よりずっとゆとりがある。

それなのに。

はじめは認めたくなくて、ビビっている自分が嫌だったけど、帰国の途に着く最中には、そのビビっていた感覚すらなんか不思議だなあと、興味深い。

なぜビビってたかって、おおよその理由は、ネットと言語。これに尽きる。

キューバは一般家庭にインターネット回線を引くことが法律で禁止されていて、観光客向けのホテルに飛んでいるWi-Fiか、電話回線の会社が販売しているSIMカードを手に入れるか、有料のアイパスを買って接続するかしか、ネットの世界に触れる方法がない。

そして言語に関しては、キューバの公用語はスペイン語で、英語はほとんど使われていないということ。もともとスペインの植民地だった歴史から、彼らのオリジナルの言語はスペイン人が侵食してきて間もなく絶滅してしまったらしい。

そんなんだから、わたしが8ヶ月の放浪で頼みにしていた二つが、今回はほぼ通用しないという、まさに丸腰状態だったということ。

でもよくよく考えれば海外では、ネットが使えようと英語がしゃべれようと、どうしたって丸腰。地元の人にしてみたら良いカモであり、不可思議な異邦人であり、地元の常識が通じない赤ちゃんみたいなものなのだけれど、なぜかネットと英語があれば旅は簡単になるし、ボーダレスになれんじゃない?なんて、夢見ていたのかもしれない。

でも結局、ネットも言葉も通じない国へ行ってみても、なんとかなった。このなんとか、の範囲は、やっぱり前回のなんとか、より狭まってしまったけど、ネットも言葉も通じない環境ならそれ相応の出会い方、過ごし方があって、不自由だなあと感じたことはあまりなかった。

不自由というより、コミュニケーションが浅すぎてスペイン語ができる人が心底羨ましいと思ったし、何気ないことをまともに聞くこともできずにやきもきしたけれど、それはもうしょうがない。自分でそのレベルを選んだわけだから、後の祭りでしかない。

とにかく、ビビり損したわけですが、今までどれほど、ネットと英語に頼りきっていたか、それさえあれば無敵、くらいに思っていたか分かり、そしてそれらは実はそんなに大したことないのかも、と気づけたことは大きな実りでした。

同時に、ビビることは、知っていることが増えたから、環境の変化があったから、ということも身を以て知りました。海外は治安が悪い、という偏見にも近い印象は、きちんと調べもせずイメージだけで語られがちで、恐怖は伝染しやすいからなんとなくキューバって危ないところなのかも、、、と不用意な不安を覚えたのも本当です。
けれど実際、わたしが回った首都のハバナ、町全体が世界遺産のトリニダー、西欧からバカンス客が絶えないリゾート地のバラデロ、すべて全く問題ありませんでした。

夜一人で出歩かないとか、荷物に気をつけるとか、基本のきを守っていれば、東京の新宿歌舞伎町より治安がいいと思います。ちなみに、以前の一人旅では、ヨーロッパのいくつかの街でもスマホやカメラはあまり取り出さずに注意していましたが、キューバでは堂々とiPhoneを出して写真や動画を撮りました。もちろん、完ぺきな安全なんてないので、スられる可能性もあるけど、臆せずそれができるほど、キューバの治安はそこそこ良い、ということです。

それから、声をかけてくるキューバ人も少ない。ハバナでは、主にタクシーの運転手か、葉巻の詐欺グループが英語で話しかけてきたり、「チーナ」(チャイナのことでアジア顏だとほぼチーナと呼びかけられる)と呼びかけてきたりしますが、一般市民はまったく何も言ってきません。

なぜ?

これも、スペイン植民地時代&アメリカ支配&革命の影響なのかしら?と。

キューバには、本当にいろんな見た目の人がいる。アフリカ系、ヨーロッパ系、中にはインドっぽい顔立ちの人も。肌の色は違っても、みんなキューバ人。例えばスペインからの観光客と現地のキューバ人では見分けがつかないほど見た目がいろいろなのです。ま、わたしがあまりにも知らないだけかもしれないけど、、、。

そして彼らを束ねる共通言語は、革命によって生まれた独立心とスペイン語、そしてキューバ音楽、のような気がします。

結局、3年も行きたい行きたいと言い続けてやっと辿り着いたキューバだったけれど、分かったことは特になく、さらに謎が深まった感じ。暮らしている人と触れ合って、いろんな景色を見て、イライラしたりドキドキしたりしたけれど、キューバってどんな国?って聞かれても、正直なんて答えていいのか分からない国、です。

ここはアフリカ? もしくはスペイン? いやいや中米だ、でも街の中も人々も、アフリカやスペイン、もしくは他のヨーロッパ諸国で見たことのある雰囲気がぷんぷんする。

あれ、ここはどこだっけ?

一歩踏み入れる途端に既視感と新鮮味が同時に押し寄せてくる謎の感覚。

これから変わってしまうから、今のうちに見ておかなくちゃ

そんな言葉に取り憑かれたようにして、キューバへの想いを募らせていたけれど、何がどう変わって、何が無くなり新しく生まれるのかは、これからずっとキューバを見つめていないと分からないことだなと思う。

結局、わたしが見聞きして、体験したことは点でしかなくて、それを重ねてやっと線になり、変わっていく様子を感じることができるのだと思います。

今のうちに見ておかなくちゃ

という点を、2015年9月末から10月初旬にかけて打って、またいつか時間が経ってから、新しい点を打ちに行く。

そうすれば、「今のうちに見ておかなくちゃいけないもの」が何だったのか分かるのかなと思います。

だから、今回はとにかくじっと黙って歩いている人や動いていく景色を見ていました。スペイン語が話せないから、現地の人との交流はものすごく限られてしまったけど、それでも「今」の片鱗に触れることはできたのかな、と。

同じようにキューバ、中南米を旅する日本人や、カナダのゲイの男の子、オーストラリア人カップルなどなど、短いキューバ旅に出会いはあったけど、彼らもやっぱりキューバは掴めないようでした。

国土も言語も文化もあるのに、ここまで輪郭がおぼろげなのもまたすごいな。移民によって構成された歴史を持つ国は他にもいっぱいあるけど、キューバほど、透明人間のような国は他にあるのかな?

あるようでないけど、ないようである、そんな国。

キューバは関係ないけど、海辺でお酒飲んでボーッとしてただのバカンスみたいなこともしたし、洗濯紐ぶらさげて洗濯物干したり一日いかに安く過ごすか考えたりの泥臭いバックパッカーみたいなこともしたし、周遊のスタイルもなんだか振り幅が大きくなってきて、これから何処かへ行くときもとても楽しみ。

飛び出す直前にビビっても、まあ遅いのだけれど、そのビビりに負けたらもったいない。ビビっているのは、単に過剰な想像力に操作されているだけかもしれないから。そして案外、足りないものを埋める何かが出てきてくれる。それはモノかもしれないし、ヒトかもしれない。

今しかないのは、どこも同じ。その点をたくさん打って、あちこちへ線を広げていけたなら、いろんな「今」が重なり合って、交わる瞬間を見られるだろう。日本の、今しかないもの、も、時折こうして離れるとよく見えてくる。遠くへ行くことは、頭と体をほぐして組み立て直すのにとても大事なことだなと。だったら、ビビってる場合じゃないなって、今は思う。

(メキシコ、メキシコシティ・ファレス国際空港にて 10月5日 深夜1:06現在)

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立花実咲|Misaki Tachibana

何につけても「そもそも」を考えがちな1991年生まれの編集者です。
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