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"好き"は宝物。映画「ボヘミアン・ラプソディ」回顧録(ネタバレ無し)

公開前日の11月8日夜、ひと足早く映画「ボヘミアン・ラプソディ」観てきました。

昔はロック少女だったけど今は音楽がしんどくて何年も聴いていなくてQueenからもずっと離れているわたし。でもこの映画は(観に行かなくちゃ)と思わせられました。プロモーションうまいですよね。

映画を見終わったあと、子供の時にQueenを好きになったことが自分に宝ものを与えてくれていたことがメッセージとしてハートの真ん中に贈られてきました。(ああ、わたしChampionだったんだ。忘れてた)ってね。映画の内容とは直接関係ないことだけどこれは「Queenと共に時代を生きたファン」へのトリビュートとして書きます。

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1970年代。今みたいに情報が溢れていない時代。ほんの少しの情報も嬉しかった。早く知りたかった。特に海外アーティストの情報を手に入れるためには、アンテナを張り巡らせ、知恵を絞り努力をした時代。中学生の収集源は雑誌、テレビ、ラジオ。

「Music Life」「ROCK SHOW」「音楽専科」そして「Rockin’on」。少ないお小遣いをやりくりして発売日に真っ先に買いに行った月刊誌や特集号。毎月端から端まで貪るように読んだ。

「ぎんざNOW!」の木曜日『ポップティーンPOPS』とTVKの「ファンキートマト」は必ず。

海外アーティストの最新情報と音源が一番早く届くのはなんといってもラジオ。湯川れい子さんの「全米TOP40」、大貫憲章さんの「全英TOP20」、『こんばんは、渋谷陽一です。』で始まる「サウンドストリート」。田舎の片隅の中学生は、深夜放送を聴きながら外国に行くことに憧れた。一番行きたいところはロンドンのテート・ギャラリー。「The Fairy Fellows Master Stroke」の原画を見ることが夢。

そしてもちろん彼らの音楽
新譜は数店のレコード屋さん(死後)の特典を比較して、一番いいところで予約。発売日にすっ飛んで行って手に入れた新譜の匂いは今でも蘇る。毎日毎日擦り切れるほど聴いていた。(でもレコード盤って擦り切れないよね?)

高校生になると世界が広がり、コンサートに行くとかバンドを組むとかQueenファンの友達と遊びに行くとか、音楽との付き合い方も変化して、大人になるにつれ世界が広がって、自分の中の洋楽の世界は薄まっていった。

その後は荒波をくぐったり乗り越えたりして、今まで生きてきたのだけど、あのピュアでコアだった数年間は、時折玉手箱のように楽しいことや嬉しいことをわたしにもたらしてくれた。

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・英語を好きになった
  まぁ、結局喋れるようにならないのだけど。

・危険なこと・いけないことへの折り合いを付けられる自分を自覚した
  当時グルーピー(いわゆる追っかけ)っていうのがあって、その中でも「ピー」と呼ばれる人たちがいたんだけど、ちょっと憧れつつもそれはだめと思っていた。

・未知の世界へのチャレンジ
  インターナショナルファンクラブ、ロジャー・テイラーの限定3,000枚のシングル「I wanna testify」。インターネットのない時代、どうやったのかさっぱり記憶していないけど、ファンクラブには入ったし、シングル盤も手に入れた。

・バンド
  聞くだけじゃなくて自分でも演奏してみたい!と楽器をいじるようになった。人と音を合わせる楽しさを知った。気の合う友達がたくさんできた。

・インターネット
  Queenはかなり早い時期にウェブサイトを持っていた。それを見たいがためにパソコン通信でインターネットに繋げる方法を調べ14.4kbpsのおっそーいモデムで人生初見たウェブサイトは「http://www.queenonline.com/」苦労して接続に成功し、上部からゆっくりゆっくり現れた画像に(なにやってんねん、自分)っていう気持ちで感動した。

・オンラインコミュニティ
  それまでまわりにコアなQueenファンという人種はいなかったのだけど、パソコン通信のQueenファンのコミュニティですごい数のQueenファンと知り合った。オンラインってすごい。自分の人生において絶対知り合わないだろうというような人たちとどんどんつながっていくのだ。かなり入り込んだので、ネットコミニケーションやコミュニティ運営を相当経験し、バランスを習得した。

・マニアな世界への理解
  自分も相当なファンだと思っていたけど、パソコン通信で知り合ったQueenファンには桁違いな人たちがいた。マニアって半端ない。そこから仕事になってる人もいたけど、自分はそこまでではない、そういう人たちにはかなわないと心得た。

・セッション
  Queenが好きすぎて自分たちで演奏しちゃおうなんていうのもすごかった。QueenIIサイドブラックを全部演奏するなんて夢みたいなことができたのは一生の思い出。嫌なことも多かったけどパソコン通信のお陰。

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書き出すときりがないのだけれど、つまりQueenから派生して興味が広がったり、いろんなものに触れる機会がたくさんできて、そのどれもが経験として今も自分の身体の中に入っていることにちょっと驚くのです。

映画のお陰でたくさんのことを思い出して(フフフッ)と思っているこの時間もまた宝もの。

「好きなものがある」ってすごいことだと思う。理由も目的も要らない。実感をもってそう思う。

今週はQueen祭り。何年も聴いていなかった曲や懐かしい映像に最初は感動したけど、しばらくするとあまりにも身体に刷り込まれてることがわかって、正直やっぱりもういいやと思ってる。思い立った時に好きな曲をいくつか聞くくらいでちょうどよいです。

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「The Fairy Fellows Master Stroke」は見たのか?
19の時にブリュッセルに住むことになって、バカンスでロンドンへ。ロンドンに着いたらとにかくテート・ギャラリー!!!テート・ギャラリーへ着いたらとにかく「The Fairy Fellows Master Stroke」!!!!!絵の前にたどり着いた時はへなへなと座り込んでしまいました。その絵だけ、ガラスケースに入れられていて、他にもこうしてくるファンがいるんだなぁと嬉しくなったのを覚えてる。Queenに関わるものはほとんど処分したけど買ってきたこのポスターだけは今でもとってあります。

中学生の頃、どんな絵なのか見たくて知りたくてマイナーな絵だから図書館にもなくてテート・ギャラリーへ行くしかなかった。学校の授業でアルバムジャケットを制作の課題では自分で想像したThe Fairy Fellows Master Strokeを描いたくらい憧れでした。

今はググればあっという間にこの絵が出てくるけどね。

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