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誰のために装うのか

「なんかアイメイクすごいっすね」
「眉毛の角度は〇度がよくて……」
「リップはピンク系がいいんじゃない?」

私が社会に出てから、さして親しくもない男性からかけられたお化粧に関するごく一部の感想だ。彼らの年齢は20代から50代まで幅広い。私はお化粧を始めて十年以上、毎日自分を鏡で見ては、ああでもない、こうでないと悩み、プロのメイクさんに相談し、知人女性と情報交換をしている。にもかかわらず、知り合って間もない、お化粧のプロでもない男性からの先のような感想やアドバイス? が絶えない。彼らはお化粧に限らず、ネイルや洋服、体型へのコメントもぬかりない。
なぜ彼らはあんなにも自信満々に異性の容姿に口を出し、雄弁に語るのか。

女性の女性自身のための装い

2018年10月に放送されたテレビドラマ『獣になれない私たち』第一話にこんなシーンがある。バーに居合わせた個性的な服装の女性を見たカップルの会話だ。

女「あの人、女の人、すごい恰好だなあって。ブーツかっこいー……。」
男「ああいうのってさ、どこに向かってアピールしてるんだろうな」
女「どこ?」
男「え、あれ好きな男って、そうそういなくない?」
女「……着たい服を着ているだけなんじゃないの?」

男性は個性的な服装の女性が「男性が好みそうもない」黒いワンピースにスタッズつきの黒と深緑のショートブーツをはき、ゴールドチェーンの真っ赤なミニバッグを肩にかけ、シルバーの太いバングルをしていることに首をかしげている。ちなみにネイルとリップはディープレッドだ。

まず、はっきりさせておきたい。女性は不特定多数の男性に好かれるために装っているのではない。女性の装いは常に女性自身のためにある。
そして女性の装いには種類がある。

装いの種類

通勤、通学の際の「所属集団からの逸脱を防ぐための装い」、ロリータ服に代表される「趣味としての装い」、デート服などの「好意を寄せる特定の相手に好かれるための装い」。そして、自身の人格への侵略行為を防ぐための「魔除けの装い」だ。

これらは独立して存在することもあれば、一度の装いの中に同時に存在することもある。

「所属集団からの逸脱を防ぐための装い」は、自分の好みの服装ではないけれど共通の装いに従うことで「私は所属している集団が求める価値観を理解していますよ」と周囲にアピールをすることができる。
「好意を寄せる特定の相手に好かれるための装い」は「男ウケ」や「婚活ファッション」として女性ファッション雑誌に登場することもあるが、対象はあくまで自身が好意を寄せる相手であり、「自分が好意を持たれることを望む相手」である。決して不特定多数の男性を対象としていない。
「趣味としての装い」はロリータ服に代表されるように装うことそのものが趣味であることだ。

ここで最もイメージしにくい「魔除けとしての装い」は、例えば全身真っ黒な洋服など、個性の強い装いをすることで、相手と自分が違う価値観の人間であることを視覚的に明らかにし、無意識に行われる価値観の押しつけや人格否定を未然に防ぐ効果がある。(これについては次回話したい)

この場合、お化粧や洋服について口出しするのは、NOをつきつけている相手に「僕に好かれるためには、こうしたほうがいいよ」アドバイスしているようなものだ。
もちろん、職場によっては個性的な装いが相応しくない場合もあるが、コメントする際に、それは「相応しくない」のか「好みではない」のか、見極める必要がある。

「男ウケ」ではない装い

女性がアイラインを太く、力強く引いているとき、リップが潤んだピンクではなくブラウンやディープレッドである時、それは「男ウケ」しない不思議な装いに見えるかもしれない。しかし、「男性に向けられていない女性の装い」は今に始まったことではない。かつて日本でも「男ウケ」を狙っていないお化粧が流行した時期があった。
昭和57年頃から流行した幅1.5cmもある極太眉メイクだ。この頃から昭和末期にかけての太眉は、「知的」「中性的」「男に媚びない」などの言葉で語られ、女性の自立や意志の強さを象徴するものだった。(『化粧の日本史 美意識の移り変わり』山村博美)

海外に目を向けてみよう。女性たちの装いは女性解放とともにある。ポール・ポワレが窮屈なコルセットの使用をやめ、ココ・シャネルは女性のための活動的なジャージスーツを発表した。1960年代にブームとなったマリークワントのミニスカートも、それまで動きにくかった長いスカートを短くしたものだ。ミニスカートは性的なアピールの道具としてブームになったのではない。

社会に向けて装う

先のテレビドラマの「どこに向かって」の答えは「社会」だ。女性たちは装うことで静かに彼女たちの人生のあり方を選び、表明している。
女性たちは他人のために装うのではない。自分自身のために装うのだ。

出典
「獣になれない私たち」2018年10月放送 第一話(日本テレビ)
『化粧の日本史 美意識の移り変わり』山村博美(吉川弘文館)

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