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世界中の人の帰る場所、おばあちゃん家のようなウィーンのカフェの担う役割

ウィーンは「変わらない街」と言われている。住んでいる友人に聞いても、流行りの店がオープンして行列になるようなことは少なくて、街自体が伝統と格式の上に成り立っている感じがする。7年ぶりに戻ってきても、留学当時と並んだお店はほとんど変わることなく、記憶の中にあるのと寸分違わぬ風景が待ってくれていた。

そんな街で、当時なかったカフェを友人に教えてもらい、知れば知るほど気になって行きたくなって、胸踊らせて行ってみた。

古くてポップなおばあちゃんカフェ

目当てのカフェはVollpensionという。「年金生活者」という意味だ。ウィーンは、「カフェ文化」がユネスコ無形世界遺産に登録されるほどカフェの多い街だが、そのどんなカフェともここは違う。おじいちゃんおばあちゃんが切り盛りする、家のようなカフェなのだ。

(↑Vollpension公式HPより借用)

一歩入ると、その内観のかわいさに驚く。ソファや椅子はとりとめもなく不揃いで、壁には色あせた写真や手作りの刺繍が飾られている。想像よりポップではあるけれど、まるでおばあちゃんの家に来たような気持ちになる。

思いだけでなく、お金も伴っている

働いているのはおじいちゃんおばあちゃん。実はこのカフェは、年金暮らしの高齢者に働く場を提供する社会実験の場として、2012年にポップアップストアとして始まった。単に雇用を提供するだけでなく、街の中で世代を超えて人々が集える場を作りたいという思いがあってはじまったのだが、今やいつ行っても大混雑の人気店になっている。

似た思いで始まった店は日本にもあるけれど、おじいちゃんおばあちゃんの生活を”お金“と“生きがい“という物心両面で支え、その上カフェとしても流行っているような例は、なかなか聞かない。あたりまえのことだけれど、働く人が安心して働き続けるためにも、お金がちゃんと伴うことは重要だ。真面目に社会福祉一辺倒でなく、適度にポップな感じが素敵だ。

おばあちゃんの手料理に注目する理由

ユニークな取り組みだが、それにしてもどうしておばあちゃんの手料理に注目したのだろうか。

共同創業者のDavidさんは、「街には食べ物が溢れている。でもいい加減なものも少なからずある。そんなものをわざわざ食べに行かなくても、自分のおばあちゃんの手料理が世界一おいしいと思ったから」と教えてくれた。物があふれる時代の原点回帰、お金で買えない贅沢だ。

おばあちゃんの名前のついたケーキ

ショーケースに並んだケーキには、作ったおばあちゃんの名前が書いてある。「私のおすすめはこのズッキーニ入りチョコレートケーキ。エリザベートばあちゃんのレシピだよ」。カウンターのおばあちゃんが勧めてくれた。
エリザベートばあちゃんはこの日はシフトに入っていなくて残念ながら会えなかったが、おばあちゃんの作ったケーキと聞いたらもう食べる前からおいしい。不揃いで手作り感ある感じが、なんともほっとする。

世代を超えて国境を超えて

オープン当時の主なお客さんは、親元を離れてウィーンで勉強する学生たちだったという。しかし今は海外のお客さんも多く、世界中の人が集ってきているそうだ。ウィーンの街の”世代を超えて繋がる場"として始まったおばあちゃんカフェが、国境を超えて"世界中の人々にとっての帰る場所"になっている。

そこまで考えてはっとした。自分にとって、この空間はすべてが初めてだ。なのに懐かしさを感じている。
お店の内装はヨーロッパ風、チョコたっぷりズッキーニ入りケーキも自分のおばあちゃんは作らない。見たことも食べたこともないものに「帰ってきた」かのような安心感を感じている。古くて新しいこのカフェで、おばあちゃん料理のパワーは海をも超えるほどパワフルで世界共通だということに気付かされた。

変わりゆく社会の中の変わらぬ価値

時代の変化の中で、家族や家庭のあり方も多様になってきている。今の世の中、休日に一家集まって食卓を囲むという情景がもはや押し付けがましくもありつつある。でも手づくりの料理のもとに人が集まり憩うのは普遍的で、2019年の社会の中で、家族を越えて国を超えて、おばあちゃんの手料理パワーがますます強く輝いている。

変わらないように見えるウィーンの、伝統を引き継ぎつつ今の社会を作っている”新しいカフェ”、どんな形で発展していくのだろうか。

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