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本物の白パンは白くない?ブルガリアのパン職人が届けたい「本物のパン」

ブルガリアの食卓に欠かせない食物の一つが、パン。実はトルコに次いでヨーロッパ第二位の消費量を誇るとも言われるパン大国で(出典)、どんな食事にも大きなローフの白パンが必須だ。温暖な気候ゆえ小麦が育つので、北ヨーロッパのようなライ麦の黒パンではなく、小麦の白パンを食す。

しかし最近は、白パンを食べるのを控える風潮もあるという。特に若い人は「白パンは健康によくない」として、食べる量を減らしたり、雑穀や全粒粉入りのパンを選んだりする。何軒かの家庭にお邪魔したが、健康志向な台所のパンは茶色くて、人々の嗜好の変化が感じられた。

ブルガリアに限らず、白いパンや米が敬遠される傾向は世界中である。伝統的な食文化には必然性があるはずなのに、それが否定される背景に興味があり、パンを取り巻くブルガリアの今を知るべくこだわりのパン職人のもとを再訪した。

「本物の食材を使うこと」

訪れたのは、国一番のおしゃれ都市ルセのBread Station。店主のミロとは昨年オープンしたばかりの頃に出会い、一緒にパンを焼いた

彼が一番大事にしているのは、本物の食材を使うこと。「食べ物は人を幸せにもするけれど、不幸にもする。悪いものを食べたら体も心も健康を損なうからね。僕は、パンを通して、本物の食べ物の大事さを伝えたいんだ。」
そう語る彼のパンは、地元産小麦と天然小麦酵母(サワードゥ)でできている。本当に小麦と空気だけの産物なのに、噛むほどににじみ出てくる誠実なおいしさがある。

ミロの家の夕飯は、ミロのパンと奥さんの実家の野菜のサラダ。シンプルにして体が安らぐ。

「本物の小麦」はどこに〜社会主義体制以降の品質低下

しかし「本物の食材」とは何なのか。ブルガリアの小麦について調べてみると、社会主義の時代とその崩壊後のポスト社会主義の時代において、それぞれの理由で小麦品質の低下がしてきたことが見えてきた。

社会主義時代以前の小麦栽培は、農業のサイクルの中で豆類などと共に輪作されていて、栄養のある土に育まれた高品質小麦だった。パンにするとしっかり膨らんだ。

しかし社会主義政府の下で過密な農業が行われるようになり、化学肥料も大量に投入されるようになった。環境負荷が高まり、自然の破壊や汚染が問題になった。

1991年の社会主義崩壊以降は新たな問題が生まれた。化学肥料の投入は大幅に減少したが、それによって地力は低下した。また大規模農場主たちが、輪作をやめて収益性のよい作物の単一栽培をするようになったため、地力はますます低下した。結果、低品質な”膨らまない小麦”がとれるようになり、飼料用に分類されるようなこれらの小麦でパンを作るためには天然酵母では力不足で、人工的なイーストの力を借りないといけなくなった。(参考)

年上の人たちに聞くと、「昔の白パンは今ほど白くなかったし今ほどふわふわしていなかった」という話をよく聞く。

(↑土壌侵食など農地の劣化が問題に。出典: Transition of Bulgarian agriculture: present situation, problems and perspectives for development  )

パンが悪いのか?

白パンを敬遠する人は、ふわふわの真っ白パンは、たくさん食べれてあっという間に糖尿病や肥満になると言う。かつての白くなかった白パンでも、果たしてそうだったのだろうか。

人々の生きる糧だったはずのパンが、安く効率よく作ろうという経済の力が働いた結果、人々の健康を害しうるものになっている。
世界中でパンが悪者扱いされる傾向にあるが、パンそのものが健康に悪いのではなく、健康に悪いパンを作るようになっているのではなかろうか。

本物の食べ物を取り戻す動き

「僕のミッションは、本物の食べ物を通じて人を幸せにすること。本物の食べ物は、すごい力を持っているんだ。でもまずは人々に食べ物の違いに気づかせなきゃいけなくて、人の意識を変えるには時間がかかる」パンをこねながらミロは語る。
Bread Stationはオープンして一年になる。彼のパンを求めてやってくる顧客もついてきたが、スーパーのパンの2倍以上することもあり、商売として順風満帆というわけではまだない。

経済性追求の中で失われるものがある。しかし反動のように、失われたものを取り戻す動きもある。ブルガリアでここ5〜10年くらい食品の品質への関心が高まっていて、パンに限らずヨーグルトも肉製品も、食品安全の基準が制定されたり伝統の食の見直しが起こっている。

本物のパンで世界をよくする

食卓の中心であり、国のアイデンティティでもある、白いパン。ミロの焼くような「本物のパン」が普通に人々の食卓に上るようになったら、人の健康も国への誇りも高まり、世界が少しよい方向に進むのではなかろうか。世界中の「食の作り手」たちと、いい世界を作っていきたい。

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