春画展と猥褻とゾーニング

春画展がらみで、「春画は猥褻か芸術か」という議論がされていましたが、「わいせつ」の定義が曖昧なのですから議論は平行線のままです。

まず「性的である」「裸体である」「性行為を取り扱っている」このどれも「わいせつ」を成立させる直接的な要素ではありません。

そもそも、「生命の根源である性」に対する表現を禁忌とする考え方自体が誤りではありますが、その表現を不快に思う人の権利も考慮すべきですから、結局はゾーニングに帰結する問題なのです。

わいせつの成立要件に「通常人の羞恥心を害する」「善良な性的道義観念に反する」というものがありますが、これはゾーニングにそのまま当てはめることが出来ます。

つまり、性的なものを「望まぬ人の目に触れる状態」にし「通常人の羞恥心を害したこと」が良くないわけで、その回避を怠ったことこそが「善良な性的道義観念に反する行為」であり、以上の要件を満たしたものが「わいせつ」であると定義すれば、問題は明確になります。

たとえば、セックスパートナー同士がプライベートな空間で行う性行為はわいせつではありませんが、公衆の面前で行えばわいせつになります。
公共浴場で性器を露出してもわいせつではありませんが、街中で露出すればわいせつになります。
このように、性的なものを「望まぬ人の目に触れる状態」にする行為こそが「わいせつ」であり、「わいせつ」と「ゾーニング」は不可分な問題なのです。

表現規制問題が議論されるたびに持ち上がるゾーニング推進論ですが、実状として未だあまりに不完全ですから、もっと徹底すべきだと思います。

コンビニにエロ本が置かれたり、街中やゾーニングされていない店舗の広告やPOPに性的なビジュアルが掲示されたり、そういった状態をなくしていくことで、望む人の視界にしか入らないゾーニングされた状態を作り出すことができます。

もちろん、「広告掲示ができず、コンビニにも置けず、パッケージに裸も使えないんじゃ商売上がったりだ!」という業界のつよい反発はあると思いますが、葬儀屋とエロコンテンツの需要は絶対になくならないので、業界がきちんと足並みをそろえてゾーニングを徹底すれば、さほど大きな影響はないはずです。

そういった観点から見ても、春画展自体にはなんの問題もなく、問題とすべきは、春画を電車の吊り広告や新聞などの「不特定多数の目に触れる告知媒体で掲示したこと」なのです。

これは「善良な性的道義観念に反して通常人の羞恥心を害する行為」であり、広告を打ったこと自体が「わいせつ」であったといえます。

ただ文字だけで「春画展」と銘打つだけの広告でも良かったはずなのです。

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長月みそか

漫画家
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