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八月十五日

祖父母の家の荒れた庭には今でも黄色い花が咲いているが、名前は知らない。
訪れるのは十年振りだ。

台所や風呂場などの懐かしさを堪能している間に、母は和箪笥を迷いなく開け、祖母の着物を取り出していく。
空き巣どろぼうのようだと言うと、母はふんと笑った。
「どろぼうしにきたんでしょう」
そう言う母の声には、悲しみを堪えて強がっているような色は見えない。
だいぶ昔に祖父が亡くなったときは葬儀で声を上げて泣いていたというのに、先日の祖母の葬儀では涙一つ見せなかったのを思い出した。
母だけではなく伯父も伯母も泣いていなかったし、それどころかお寺さんの説法で親戚中みんな笑っていた。
むずがる娘をあやすために読経の途中で退席していたが、隣の控え室にいても笑う声が聞こえていたくらいだ。
祖母は入所していた施設で「金が無くなった」と騒いだことがあると聞いていたので、亡くなった悲しみよりも安堵のほうが強かったのかもしれない。
母に倣ってクローゼットを物色する。
サンローランの黒いハンカチと、オーストリッチの黒いバッグを持ち帰ることにした。
着物を出し終えた母はバッグを見ると、
「これを持つにはあんたは若すぎるから、私が持ってるよ」
と言い、サンローランのハンカチの横からたとう紙の上に移動させた。
どろぼうめ、そう口の中でつぶやいた。

二階に上がる。
戸が開けっぱなしの三部屋は子どものころの景色とほぼ変わっていなかったが、すぐ左の部屋にあった古いミシン台だけなくなっていた。
大きな本棚を見上げる。
あまり気にしたことがなかったが、きのこ図鑑や黒岩涙香訳の噫無情以外は戦争関係の本だ。
一番上の段のアルバムには背表紙にラベルが貼ってある。
ブラジル視察、コスタリカ、まごたち。
「まごたち」のアルバムを取ろうとしてふと手を止めた。
まごたちという文字と同じ筆跡で、軍隊関係と書いてあるアルバムがあった。
祖父は海軍だった。

ずしりと思いアルバムを開く。
白い軍服を着た青年は母とそっくりだった。

母が二階へ上がってきた。
懐かしいものを見てるねと覗き込んでくる。
軍服の祖父と、二人の着物の女性が並んでいる写真を指した。
「戦争に行く前にお姉さんたちと撮った写真だって言ってた」
祖父の姉たちのぽってりした瞼に、別れを覚悟しきれなかったなみだが見えたような気がした。

海軍だった祖父の、海軍だった頃を知らない。
細く暗い目をした兵隊がなにをしたのか、なにを思っていたのか、なにを見て、なにを忘れて、瞼の裏に浮かぶあの祖父の目になったのか、もう知ることはない。

母が持ち帰りを決めた品々を車に運び、乗り込む。
荒れた庭に咲いた花が揺れた。
祖父の目を思い出す色の。


#あの夏に乾杯 #小説




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オシマアキカズ

北海道出身。経歴なしの素人娘。一児の母。ドラフトで指名されるのを待ち続ける日々。何かやらせて頂けるのでしたらiai0028s@yahoo.co.jpまでご連絡ください。

ソウサク

喰らえっ! これが俺の……【ティーンエージ・ファントム(忍び寄る中学二年生)】だッ!!
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