ひとりきりの夜の終わりに

 孤独はいつだって、私の相棒だった。朝がくるたび夕暮れを想い、私だけが風景となった街の中で、影だけをえらんで歩いた。誰かと言葉を交わすたびに、胸の奥の淋しさが万国旗のように風にはためくようでためらわれた。私は一日中人気のないバーで暮らしている気分だった。無言とため息が裏表になったレコードをひたすら流し続ける、陽の当たらないバーである。だから私にとって、私がすべてだった。私以外の何もかもがつまらない存在で、そうして、うらやましかった。
 桜並木を歩きながら、ふと考えたことがある。きっとこの路も、しばらく歩けば途切れてしまう。鼻に残る香りさえ、すべて思い出に変わってしまう。だったらいっそ、ここからどこへも行きたくない。私、大人になるのが怖かったのだ。もどれない昨日ばかりを夢見て、なくなったグラスの底をストローでいつまでもずずずと吸いつづけるかなしい子供みたいに、席を立つ準備をしなかったのだ。
 気づけば秋。私の懐かしみ癖は、奇特な青年のそれではなく、大人としての正常な発作に変わりつつあった。もう私は、振り返られる季節にいない。青春という言葉に対するアレルギーはすっかり風解されて、残ったのは頬をつたうあたたかい感情だけ。それは吹きさらしのビル街においては、たちまちつめたく乾いて消える。
 きっと明日、すべてが変わるのだろう。もしかしたら、変わらないかもしれないが。ひとつだけ言えるのは、今日までの私はかつての思い出の延長線上にいて、明日からの私はそれを眺める観覧車の中にいる。観覧車がひと回りする頃には、きっと夕暮れは終わっているだろう。遠く聞こえる犬の声が、いつしか反響するため息に変わり、やがて濡れたジャズに変わる。このカクテルを飲み干したら、私はこの店を出るのだ。
 私はもう、考えることをやめにする。雨だって雪だって、降るときは降るし、止むときはぱたりと止む。明日の私が泣こうが笑おうが、そんなことは知りはしない。それより君、長いこと世話になった。ありがとう。この長いひとり言は、私から君への感謝の手紙だと思ってくれ。もうすぐ今日が終わる。マスター、おかわりはやめとくよ。

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