AM3:00以降のベル

 深夜三時に目が醒めて、それから寝付けなくなった春。星は出ていたはずだけれど、カーテン越しに差し込むほどでもなく、夢は見ていたけれど、覚え書きにも記せないほど曖昧で、ただ君の寝息だけが床に天井に染み入って優しかった。私は布団を抜け出して薄手のパーカーを羽織った。
 県道708号沿いの、夜にはためくヨットのように、薬屋の黄色い旗は闇を掻き混ぜ、そうして店先の自販機の並びが小さな昼を作っている。私はその辺に近づくにつれ少し浮かれた心持ちをさせながらパジャマの布地は股擦れもなく踏み出すごとに柔らかい。
 初戀を一本買って、水玉の汗ばみに夏がくる。私はひとりコンクリート塀の切れ目に座って懐かしむ。こんな時間に目が醒めて、一体どこへゆくのだろう。疑問詞に果実的風味をもたらしながら若さは走る。おそろしいのは季節だけだった。いちばん好きな夏と。いちばん物思う冬と。ああ、なぜに私を待ってくれるものはないのだろう。
 置き忘れられた自転車に跨がって、私はのぼる前の朝陽を目指して走った。開通したてのトンネルを抜けると、まだ真っ暗な森の中。鳥の声、虫の声、見知らぬ誰かのすすり泣き。
 やがてペダルを漕ぐ足を止めたのは、水の流れる音がしたからだった。朝陽まではまだ辿り着けそうもない。裸足になってみた。幽かな星明かりをうつして踊っている沼の、その奇怪な水面に足先をつけると、ぬるかった。それきり私はしんと夜に溶け沈んでしまって、透明になった。今更にまた君の寝息が聞こえて来たような気がしたけれど遅すぎたし、第一、夢の調べかも知れなかった。
 どこかで誰かがウイスキーの栓を開けた音に合わせて、街灯りが点々と灯り始めた。それにつれて私の身体は輪郭を失ってゆく。すれて、ぼやけて、素描、そうして、吹き抜ける風。また取り残された自転車だけが、錆び付いていた鈴の音を重くじりんと一遍鳴らした。朝陽は永遠にのぼらないのだろう。

 

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