センチメンタル・ジャーニー

いつか生み出した言葉の連なりの数々に絡めとられて、私は身動きとれなくなっていく。夜が明けて、年が明けて、いま、私は大人になったのだろうか? 夕暮れのたびに涙して、いつかの日を思い返して、窓越しに紫色の空を見る。取り込んだ洗濯物から、冬のにおい。木枯らしをまとった、かわいた都会のにおい。

たぶん、もうすぐ春が来るんです。それがわかっているから、たまらなく淋しいんです。桜の花びらひとつ、ベランダに舞い込んで、そうしたら、私は私でいられなくなる。いつか口にしたさよならの意味が、いつまでもわからないまま今日を飛び越えて、空っぽな明日が幸福を抱えて姿を見せる。

帰りたい故郷があった。戻りたい時代があった。聴きそびれた音楽と、繋げなかった指先と、夏と、冬と、あの部屋と。あれが思い出だなんて、信じたくもなかったけれど、訪れたバーの店主が差し出したのは、間違いなく古びた水色のカクテルだった。泣きながらそれを飲み干して、私は雪の街へ消える。

決して間違ってなんていなかった。私の歩んできた道に、後ろ暗いことなんてないはずだ。なのにどうして、思い出すたび、なんでもない日々のそれぞれが、みずみずしくよみがえって、あざやかに、美しく、私の周りを淡い色彩で満たしてゆくのだろう。どんな一日だっていい、気まぐれに籤引をして、掴んだその一日の、たった一時間にさえ、戻りたいと思ってしまうのだろう。

坂道、駄菓子屋、黄色い旗。真新しいコンビニ、大きなクスノキ、神社、カーブミラー、農道。通学路も、校門も、白い砂嵐も、下駄箱の埃っぽいにおいも、つめたい階段も、ささくれだった木造の手すりも、四角い教室も、先生も、友達も、嫌いなやつも、好きな娘も、ぜんぶ、ぜんぶだ、ああ、何年経っただろう。

こんなに悲しくなるのなら、明日なんてこなければいい。未来なんて閉ざされてしまって、今日に氷漬けにされてしまいたい。永遠なんてないって、知っているけど……。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?