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第54回 カウンセラーのTシャツと言葉のサラダ 空気を読めないのが普通になっている

カウンセラーとスタッフの日常会話の記録です。
 
 
Mi代表:深層心理学が専門のカウンセラー。Mitoce代表。
すたっふ:カウンセラー見習いのスタッフ。少々オタクらしい。 



すた:カウンセリングって、カウンセラーはどれぐらい話すのですか?

Mi代:結構、話しますよ。自分の意見とか。

すた:え? そうなんですか。私はカウンセリングはとにかく相手の話を聴いて、思いを引き出すと教わったので。

Mi代:たしかにそれは間違いないのですが、ただ黙ってカウンセラーが聞いているだけでは、クライエントも話しにくいと思います。

すた:そうですね、たしかに黙っていられたら話しにくいかも。気になっていたのが認知行動療法だったら、どうなるのかなと思っていたのです。相談に来たクライエントが悩み事を話したら、どのタイミングで認知行動療法を導入するのでしょうか。悩み事を話してもらって「じゃあ、それなら認知行動療法しましょう」とワークのテキストを渡すのかなと。それがちょっと想像できなくて。 

Mi代:カウンセリングの現場を考えると、相談に来ていきなりワークを始めることはないと思います。とりあえず話を聴いてから、提案して導入するかなと。 

すた:そうなると始めに話を聴くということは、そこはカウンセリングですよね。そうなるとそこは認知行動療法というのでしょうか。だって、クライエントってカウンセリングオフィスに来たときに、技法として認知行動療法は知っていたとしても、まず求めてるのは「話を聴いてほしい」だと思うんです。だからいきなり何か技法を使って、となるとちょっと違うと思って。 

Mi代:そうですね、私も深層心理学のカウンセリングを標榜してるのですが、本格的に夢分析しましょう!となるのは、本当に少数です。ほとんどはカウンセリング。しかもカウンセリングといっても、私はもともと精神科にいたのも影響していますが、セッション中にすることの大部分は心理教育。こころの悩みが出てきたらどのような状態になり、どのように療養生活をしたら良いのかについてのアドバイスです。たぶん深層心理学だけでカウンセリングをしている人からすれば、それは深層心理のアプローチじゃないと怒られそうですが。ただ、私はクライエントに役立つ方法を試行錯誤していくなかで、そのような方法に至りました。なので最初の質問に戻ると、私はかなりカウンセリング中に話していますね。 

すた:じゃあ、ずっと話しているんですか? どのような感じで話を聴いておられるのかわからないですよ。 

Mi代:うーん、説明が難しいですね。とくに普段と大きく変わらないと自分では思っているのですが、クライエントは多分どう思うでしょうか。あまり私の態度に裏表がないようにいるのが大切だと思っているのですが、わかりませんね。さっきの話と少し矛盾するかもしれませんが、実際は私が話すこともありますが、大半はクライエントの話を聴いています。むしろ、ほとんど私が話さないで、聴くことに徹している場面もあります。互いに沈黙で過ごすこともあります。たぶん、それが普通のカウンセリングでしょうね。

すた:それっていわゆる間(ま)ですよね。前回、フランス映画的なカウンセリングの話をしたのですが、最近は間を持つことが少なくなっているのかなと思って。間を作る前に、全部話してしまう。なんか説明をしないといけない、という感じになっているのかなと思って。 

Mi代:たしかに、クライエントもこころの状態を説明してほしい、知りたいという希望は良くありますね。 

すた:最近は映画でも、そういう間が少なくなっているかなと。フランス映画のような間がある映画をネットでみていても、そこだけ飛ばす人もいると思います。でも間がある映画って、一見、何の意味もなさそうに見えるシーンに、大切な意味が込められたりしますよね。それを読むのが大切だと思うんです。間があるほうが、そこに無意識的なものとつながるというか、無意識的なものが広がるというか。何もなさそうだから、そこに想像が広がりますよね。カウンセリングもそうかなと。 

Mi代:まさにそうです! 私のような深層心理学のカウンセリングでは、そういう「言葉にならないもの」を大切にしてきました。話すことも大切なのですが、それ以上に沈黙とか、言葉にならない間とか、そういう中に含まれていることをすごく大事にします。間は本当に大切です。 

すた:でも最近の日本では間がないというか、全部説明するようになってきてしまっているのかなと。空気とか雰囲気を読まない。人づきあいだけではなくて、映画やドラマ、アニメを見ても、その傾向が強いかなと思って。 

Mi代:うーん、元々日本の芸術はそういう間を大事にしてきたのですが。たとえば、お能なんてひたすら間が続く芸術ですから。ほんと説明が少ない。最近、もうすぐ新作映画が公開される北野武監督も、初期の作品は主人公のセリフが本当に少ない。空気感で心情を語らせます。そう考えると、海外で評価された日本映画って、そういう間がある作品が多いですね。海外で評価されるといっても、ヨーロッパの映画賞が多いですけれども。アカデミー賞ではないですね。 

すた:アメリカのハリウッド的な。なんかそれとも違う感じはします。

Mi代:そう考えると日本の芸術表現は、独自の発展をしているのかもしれないです。おっしゃるように表現の中で「説明が多い」とされるけれども、実は充分に説明しきれていなかったり、「説明する」表現についても「たぶんこれが説明するということだろう」という日本的な方法にアレンジされている可能性もあります。
というのも最近見た、1998年のアニメ『serial experiments lain』という作品でいろいろと考えさせられましたのもあります。この作品は無意識というテーマを扱っていて、しかも作品の内容が難解だといわれていたので私も興味を持って観たんですね。そしたら確かに難解な部分はありますが、いわゆる私がレビューを少しずつ書いている『攻殻機動隊』の原作マンガと比べて、それほど解釈が困難でもなくて。普通のアニメが星1ぐらいの難解度としたら、攻殻機動隊は星10で、lainは星5ぐらいです。lainは記憶が書き換えられるという話なので、話の流れがつかみにくいとう特徴があるので、わかりにくいかもしれない。
wikipediaではこの作品が「ユングの集合的無意識」をテーマにしていると書いていますが、実際のユングの無意識論とはかなり違います。ユングの集合的無意識とは、人類共通の心理的な傾向やパターンがありますよ、というある意味で心理の型となるDNA、つまり遺伝情報があるというような考えです。でもlainはどちらかというと、人類の記憶情報サーバーみたいなものを想定していて、どちらかというと攻殻機動隊と近い世界観だと思いました。現代でいえばインターネットが個人の記憶とつながることができて、その記憶情報はネットワーク上で修正可能である。そして個人の意識世界とネットワークの世界は相互に行き来出来て、どちらの世界の体験でも交換可能で、ネットワークの世界が現実世界に直接影響を与えることができる世界観です。
この記憶が修正可能であり、個人的意識とネットワーク世界の境界が曖昧という部分を押さえておけば、理解ができる内容だと思います。攻殻機動隊の原作の場合は前提となる知識が必要で、しかも小さなサインも読み込まなければならず、高い読解力が求められます。ちょっと難しさのレベルが違いますね。
なぜlainを例としてあげたかというと、lainは理解が難しいと言われるけれども、説明のセリフがものすごく多いんですね。でも攻殻機動隊は説明のためのセリフが少ない。この辺りの差異も興味深いです。攻殻機動隊はストーリが分かりやすいけれども細部がものすごく分かりにくい。lainはストーリーの流れは追いにくいけれど、説明のおかげで設定を理解できる。
lainのあと時代が進んで、アニメ作品が日本でどう発展したかというと、攻殻機動隊のような複雑な設定は少なくなり、lainのような説明が多い作品が増えていると思います。たとえば今年新作を出した宮崎駿さんのように、説明を排する人は少数で、分かりやすい設定を大切にする。すでにある作品のオマージュであったり。でも海外で評価される日本の作品は、説明が少なくて「視聴者が自分で色々無意識を駆使して考えてください」というタイプの作品ですね。この先、日本のクリエーターは国際化の波において、どのような選択をしていくのか、楽しみではあるのですが。
カウンセリング業界もどうでしょうか。説明の多い技法が増えていくし、広まっていくけれども、そちらはあまり海外では評価されないかもしれない。それよりも「よくわからんけれども、なんかスゴイと無意識がささやいている」という技法が海外で評価されるかもしれない。 

すた:私の好きなのも説明が少ない作品ですが。そういうのは少なくなってきています。カウンセリングも説明が少なくて、無意識的なものに触れるのが好みですが。今のところ、少数派になってきていますね。Mi代表のような人をもっと知ってもらいたいと思いますが。
ところでMi代表、最後のセリフは攻殻機動隊の「そうしろとささやくのよ、私のゴーストが」のオマージュですよね。相変わらず自分はオタクではないと否定しながら、最近はオタクの濃度が上がってきています。今回話されていたlainの全話を見るのにどれぐらいの時間がかかったのですか。 

Mi代:え? 2日かからなかったですが。 

すた:全13話ですよね。さりげなく攻殻機動隊のセリフを会話の中に入れてきたり、あいかわずの過剰な集中力で作品を観たりしていて、少し引きます。ちなみに最近はスイカゲームをしているという話も聞きましたが、最高得点は? 

Mi代:2800点ぐらい。3000点台に行っていないので、まだまだです。

すた:最近読んだ本は? 

Mi代:上田閑照先生編集の『西田幾多郎随筆集』と手塚先生の『手塚治虫のマンガの描き方』です。あとは荒川弘先生の『百姓貴族』ですね。荒川先生の作品はいつか研究したいと思っています。

すた:その研究はどっちの意味ですか? 深層心理学か、オタクとしてですか。

Mi代:もちろん、深層心理学で!

すた:この流れだとオタクっていうかと思ってしまいました。西田幾多郎って、哲学者ですよね。それとマンガの神の本って。Mi代表の関心領域は私には理解不能です。

Mi代:無意識の深層は常に理解不能。それが大切なんですよ。まさにカウンセリングの世界ですね。 

すた:Mi代表が楽しそうなので、いいですが…。

Mi代:大変な思いをさせて、申し訳ないと思っております。私の仕事を助けていただき、いつも感謝しております。すたさんのおかげで、このオフィスは成り立っていますので。

すた:いえいえ、こちらこそ……? 

(何とも言えない微妙な間が生まれる)

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