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一本の口紅のキセキ〜開華道メイクが生まれるまで〜

めったに入店しないお店に入店して所在なげに掃除をしていたら、そのお客さまはいらっしゃった。
西陽が斜めに差し込んできて、ほの明るい店内を見回した姿、所在なげな自分と重なる。
きょろきょろと見回して、何かを探しているようなあきらめているようなうすぐらい空気があった。
声をかけると
「あの、あのアイクリームをね、探してるんです」
と、おっしゃる。

どうされたんですか?と、お聞きすると
「このあたり、ね、カサカサしてるでしょ」と目尻のあたりを指す。
赤く充血して少しキレそうな痛々しさがあった。

何かあったんですか?とお聞きすると
ぽつぽつと話し出してくださった。
「実は、主人が亡くなったの。それで、1ヶ月ぐらいずっと泣いてて。こんな風になっちゃってね」
鏡を見て驚いたそう。

それはそれは、おつらかったですね。
そんな言葉をおかけしていたら、堰を切ったように話してくださる。
「おかしいでしょ。こんなおばさんが、いえ、こんなおばあさんが、ずっと泣いてるなんて」

いえいえ、そんなことありませんよ。悲しいときは悲しいですよね。
椅子にご案内して、おかけしていただきご主人との思い出話を聞かせていただく。

どんなご主人だったんですか?
「仕事人間だったけど、やさしい人だったのよ」
一緒に行った旅行のこと、趣味の写真のこと、お子さんが育ってからの時間、退職して二人でこれから自由になっていっぱい温泉とか行けるねなんて話してたこと
なんだかちょっと痛いと言ってた背中のこと
いつもの腰痛だと思ってた
いきなりの余命宣告
自分がもっと早く気づいていたら、、、

一緒に泣いて
お客さまの小さな肩に触れる

よかったら、少しメイクさせていただけませんか?
「え?いいの?」

ええ、させていただきたいんです

肌に触れて、丁寧に整えて、薄くファンデーションをつけて、眉やアイシャドウは軽く、頬を染めて、キレイな色のリップをつけた。
ご負担にならないように手早く、でも丁寧に。
すると、「まぁ、、、」と鏡を見て驚かれる。

周りがパァッと輝くほどに明るい光が指すような笑顔。
「こんなふうにしてもらったの、どれくらいぶりかしら」

とてもきれいですよ

「ね、わたし。きれいよね」
はい、とても

鏡をじっと見るお客さまを見て、私もニコニコする
しばらく鏡を見ていたお客様が、すっぱりと決めたように顔をあげる
「泣いてばっかりじゃだめね」と、
さっきとは裏腹な声でハッキリと
「これじゃ、天国の主人に笑われちゃうわ」

そして、口紅を指差して
「これください。
それから、さっきつけてくれたアイクリームも。
これから少しずつ、揃えていきたいわ」

ピンと伸びた背中
先ほどとはまったく別人のようなすっきりした顔で華やかに笑う
「ありがとう、聞いてくれてうれしかったわ。また来ます。あなたのお名前聞いていいかしら」

ありがとうございます。
また、ぜひいらしてくださいね。
せっかくの美人ですから、少し遠回りして帰ってくださいね。
いつもの景色が変わって見えますよ。

「そうね、ありがとう」
姿が見えなくなるまで見送る。
道の向こうでもう一回振り返って、手を振ってくださる。
なんどもなんども振り返る後ろ姿をずっと見送っていたころ

20代の頃、そうやってたくさんの方に出会ってきた。
そういうお客さまとの出会いが私を支えてきたことを世界に放っていきたい。


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