見出し画像

「一緒にきれいになりましょう、一緒に頑張りましょう」開華道メイクが生まれるまで②

そのお客さまは、明るい日差しが満ちる時間なのに、少し背中を丸めてなるべく目立たないように身体をギュッと縮こませるようにしてお店に入ってきた。

小さな薬局の片隅にある化粧品のコーナーで作業をしていた私は、さりげなくなるべくやわらかな声で「こんにちは」と言った。

少しコーナーから離れたところで、うろうろして、困ったようなどうしたらいいのかわからないような、それでいて緊迫した感じのご様子。

「何かお手伝いできることありますか?」と聞くと、あの、、、、と、少しどもるように声をふりしぼって、
「化粧品のことをおしえてほしい」とおっしゃる。

ようやく顔をあげられて見ると、肌にはボコボコとしたニキビの跡が。

受験勉強をして、大学に受かって一人暮らしを始めたこと。
田舎から出て来たけれど、周りがみんなきれいにしていて、すごく恥ずかしいということ。
でも、どうしたらいいのかわからなくて。
百貨店は怖くて行けないし、ここなら相談できるかと思った、ということを、声をつまらせながら話す姿を見て、そうだったんですね、と、おかけください、と椅子をすすめた。

それから肌を触らせてもらったり、今のお手入れを聞いたり、どんな肌になりたいのか、とか、普段の生活のこととか聞かせてもらう。
基本のお手入れからキチンとしていきましょう、と、使い方について顔の絵を描いて、内側からくるくると手の動かし方を描く。
それから実際に、クレンジングクリームの使う量やタッチの仕方、なじませるスピード、
洗顔の泡のつくり方、洗い方、泡で顔を包み込むように、実際に、お客さまの手を洗いながらこのぐらいです、とお伝えする。
じーっと見ながら、なるほどなるほど、と頷く。
サンプルを少し多めにお渡しして、まずはやってみてくださいね、と言うと、
何か買わされるんじゃないかと、おどおどした緊張感が取れて、ホッとした顔になる。
ペコペコと頭を下げて帰る姿を見送りながら、肌に合うといいんだけど、と思った。
スキンケアは、サンプルでは肌に合うかどうかぐらいしかわからない。肌がよくなっていくのには時間がかかるから。

すると、1週間ぐらい経って、駆け込むようにそのお客さまはお店に入って来た。
ビックリした。
なんだかこないだとは別人の勢いがあって
「使いました。すごくよかったです。
あの、ちゃんと使えばきれいになりますよね」
私が描いた紙を見ながら、せっせとやってくれたのだろう。ぎゅっと握りしめたメモが物語っていた。
渡したサンプルをチェックした紙を出しながら、
「これ、こないだの全部ください」
と言う。
今度は私が目をシロクロさせる番だった。

決めたんだ。
やるって、そうか、わかった。

ギュッとお客さまの手を握った。
「一緒にきれいになりましょうね。一緒にがんばりましょう」

それから、そのお客さまとの日々は始まった。
今みたいにLINEがあるわけじゃないから、接点はお手紙かハガキか店頭だった。

肌の状態と季節の変化を見ながら、化粧品を変えて行きながら、お手入れを続けていった。
もともと真面目な方だったから、きちんきちんと使ってくれて、本当にみるみるきれいになっていった。
店頭で何度もお手入れをさせてもらった。
固かった肌が柔らかくなって、キレイな明るい肌が顔を出す頃にはすっかりと表情も明るくなっていった。

ある日「あの、あの」とモジモジとして口元をほころばせた。
「メイクを教えてほしいんです」と言われた時は本当にうれしかった。
あー、好きな人が出来たのかなぁ、と、俄然やる気になった。

明るくなった肌に、そのきれいさを消さないように丁寧にベースメイクをして、やり方を半分ずつ教えながらやってみて、
明るい色のアイシャドウとふんわりとオレンジのチーク、リップは艶のある色を選んで、
ナチュラルなやさしい人柄がにじみでるようなメイク。
「自分で出来た」
うんうん、かわいいでしょ。
「うん、いい感じ」
はにかむようにふわっと笑う顔が、ほんとうにきれいで清潔なうつくしさがあった。

それからしばらくして、「彼氏が出来た」と報告に来てくれる。
きゃー!と、一緒に飛び跳ねて喜んだ。

新しいシーズンのメイクをやってみたい!と今までやったことないことを試したりして、周りから見ても見違えるみたいに明るくてきれいになった。

就活の時は、キリッと見えるようなアイラインの引き方や、これなら絶対素敵に見えるという勝負口紅を選んだ。
お守りになりますように、と祈った。

ある日、「あのね、就職が決まったの」と報告に来てくれる。
「わー、よかった〜。おめでとう〜」と、よろこぶと、ちょっとだけ寂しい顔になる。
「地元に戻るんだ」とのこと。

そうか〜、と。それはちょっとさびしいけど、ご両親も喜んだでしょ。お祝いだね、と話すと、すっと息を整えて、私の顔を見た。

「ここに来て、自信を与えてもらったの。本当にありがとうございます。
肌がきれいになったの、うれしかった。一緒にがんばりましょう、と言ってくれたのうれしかった。
私が変われたのは、こうやって就職まで出来たのは、お姉さんのおかげ。本当にありがとう」

えー、うれしいよ〜、こちらこそだよ、と
店頭でなんだか泣けて来ちゃって、二人でティッシュで涙を拭きながら「アイライン取れちゃう〜。黒い涙になっちゃう〜」と笑った。

地元へ帰る少し前、「また、何かあったら連絡するから送ってね」と、言いながら最後の買い物をしてくれた。

さっぱりした顔で、私を見る顔は最初のあのおどおどした感じは全くなかった。

「大丈夫、ずーっとコツコツがんばってきれいになったんだもん。これからきっと何があっても大丈夫って、私は知ってる」
そう言うと、はにかんで笑って
「うん」とうなずく。

「じゃあ、行ってきます」
手を振る姿に、春の香りがして目を細めた。 

ありがとう
ありがとう
ありがとう

あなたのがんばり、あなたの笑顔、あなたのきれい、あなたと共に成長した日々は、私もずっとうれしかったよ。

がんばれ
がんばれ
がんばれ

すっと、歩く姿は伸びやかで、春の日差しの中に咲く花のようだった。

[私が店頭で働いていた1996年ごろの話]



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?