18/9/20 自律した生き方とは何か

怒らないことによって怒りに打ち勝て。「ダンマパダ(法句経)」

 「耳が痛い…」と評判のブッダのことばシリーズ、第二弾です。

 このことば、変わった言い方だと感じられた方もいらっしゃるでしょうが、仏教では「怒り」を筆頭として、自分に湧いて出てくる感情を「自分とは別のもの」だと捉えています(そればかりでなく、私たちが普段使っている意味での「自分」という存在も認めないのですが)。中でも怒りは、激情に任せて人の言動や行為、心情を悪に近づけるという点で、とりわけ距離を置くべきものの一つです。多くの人は「いや、自分の怒りは正当なものだ」と考えるでしょうが、仏教ではその逆に「自分のものではない怒りに任せて生きているのは、不自由で他律的な生き方である」と考えます。強烈な感情に身を浸らせて生きるのは「自分の思い通りに生きている」のではなくて、実はその正反対なのです。

 ここで「怒らない」ということも「怒りは必死に我慢しましょう」ということではありません。我慢しなきゃいけないのなら、自分の怒りは自分のものだということが前提になっており、怒りにとらわれていることに変わりないですからね。決してそうではなく、もはや怒りにとらわれることのない、自由かつ自律的な生き方の提案と道筋が、このことばには示されています。

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