自分の仕事が見えない職業。

接客もそうだと思うのですが、自分の仕事が見れない職業って「自分の感じ方」や「人からの評価」をアテにするしかないのでしょうか???

文字を打てば読めますし、事務作業をすれば自分が打った表や情報が目の前にすらすらと現れますし、営業力は数字に繋がります。

演劇は生ものだから映像だとちょっと雰囲気が違う、本当のところは見れない、とも言いますし、「チケットが何枚売れたか」「SNSやアンケートでのお客様の発信」「演出家や共演者、スタッフさんの言葉や態度」で自分の価値を確認するしかないのでしょうか??もうひとつ、頭抜けて、自分の仕事を見る方法があるような気がするのです。(上にあげた3つの自分の仕事を見る方法は、すごくすごく大事な私?私たちのアテです。これがあるから楽しんで、懸命に取り組めます)

私は、そろそろそういうものだけに頼るのを辞めたいのです。というか、そういうものだけに頼る木村美月をみんなが好きか、というと、そうではないのじゃないかな?と思うのです。みんなが見たい舞台女優は、もっと違う価値観を携えて生きているんじゃないかなって思うのです。いや、そんな次元にいるのは自分だけかもしれません。もうみんなそこからは脱出して、思い思いの演技を形作っているのかもしれませんが、なんだろう、私は時々というかかなりの頻度、自分が見えなくなります。

そして、今思いました。

これ、マジで今書きながら思いました。この世に、同じアイディアを同じ方法同じ印象で発表する意味はほとんどない、という事です。

演劇や物語は「世界の新しい見方」を見せる事の出来る最強のメディアだと思っていて、人間は全員オリジナリティがある生き物で(全く同じ環境で育ち同じ見方をし、同じ顔で同じ体の人間がいないので)それぞれに世界の見方があるのもだから、それがたくさんたくさん見れたらそれこそワクワクする楽しい時間を提供できる、見る価値のある媒体になるのではないかと、思いました。

という事は、私は、「自分が出した新しいアイディアの量」で、芝居の価値を見ることも可能なんじゃないかと思いました。誰かの真似じゃなくて、今回こういうタイミングでこのお芝居に関わったからこそ出せた生まれたばかりの人間ドラマのアイディアが(この表情、この気持ち、この発音、この対話とかで良いのですが)、何個、何分見せられたか。

「チャレンジしなさい」「自分の案を提出しなさい」「個性的でありなさい」と良く言われるけれど、それは「新しい世界の見方」に繋がるのではないか、同じことを繰り返す意味はなくて、「世界にはたくさんの見え方がある」という事が出来るだけ出せれば良いんじゃないかと。

私は怖がりですし、嫌われるのも苦手ですし、自分のアイディアに価値があるとは到底思えない感性も持っていて、そもそも思い付きませんし、なかなか人の言う事を聞いてしまいます。それで「つまらない」と言われたり「不自由そう」と言われる事も多いけれど、演劇では、「新しいアイディアが出せる楽しい人間」でありたいのです。それが夢なのです。

だから、自分の俳優の仕事も、アイディアの量で測ろう、そういうチャレンジをしよう、と思いました。

みなさん、私はまだこの次元にいます。ヘタレで怖がりで幼稚です。

良い悪いはないと思うけれども、それでも「良い芝居」が出来るように、これからもっともっと進んでいきたいです。


さて、情報解禁が来週にあります!!!笑

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