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インフルエンサー

 彼女は派手な洋服を着て、僕の目の前に現れた。

「どう?」
 と彼女は嬉しそうに僕に問いかけた。
 僕は戸惑う。

「何ていうか、似合ってない。君らしくない」
 僕は正直に印象を伝えた。
「なんでよー。これは私が大好きなタエコ様がオススメしていたのよ」
 彼女は不満そうに頬を膨らます。
「誰、それ?」
 僕は彼女に訊ねた。
「知らないの? インスタで今、大人気のインフルエンサーのタエコ様よ。おしゃれでセンスがあって、もう最高なのよ。私はタエコ様が薦めるものはぜ~んぶ手に入れるのよ」
 彼女は嬉しそうに主張する。

「あのさあ、誰かの言うことを鵜呑みにするんじゃなくて、自分が良いと思ったものを買ったほうがいいと僕は思うよ。
 だってそれ、君にはぜんぜん似合っていないよ。
 だいたいSNSのせいで、民主主義が崩壊しているんだよ。
 民主主義は多数決を基本としているけれど、SNSによって少数派の意見がさも多数の意見であるかのように誤解をされてしまうんだよ。
 資本主義社会においては、一部の人間が利益を独占してしまう危険性がある。一部の人間にとって都合のいい世界になってしまう危険性があるんだ。
 だから民主主義が重要なんだよ。
 多数の意見を尊重することで、皆が平等に生活できるようにするためだ。インフルエンサーの意見は個人の意見でしかない。それに振り回されてしまったら、独裁社会になってしまう」

「何よ、民主主義だとか資本主義だとか、ぜんぜん関係ないんですけど! 私が好きな人の好きなものを着て何が悪いっていうのよ。私は好きな人のカラーに染まりたいのよ。自分なんてどうだっていいのよ。何でそれを分かってくれないのよ!」
「僕は君に君らしくいて欲しい」
「私らしいって何? 私って何?」
 彼女は僕を問い詰める。
 僕は黙った。
 彼女らしさって、何だろう?

「君が好きなのはそのタエコ様っていうインフルエンサーだけなの? 他にはいないの?」
「いるけど」
「たとえば?」
「あなた」

 え?
 告られた?

「これが似合っていないって言うんだったら、何が私に似合うって言うんですか!?」
 彼女はさらに僕を問い詰める。

「うーん、ゴスロリかな?」
 悩んだあげく、僕はそう答えた。

「私のこと、嫌いなの?」
 彼女は僕が投げやりな答えを返したのかと思ったようだ。
「似合うわけないじゃん」
 と言って彼女は不機嫌な表情をした。

「ごめん、僕はゴスロリの女の子が好きだから」
 と僕は答えた。
 彼女は一瞬言葉を失って、僕を見つめた。

「私、ゴスロリにする!」
 と言って彼女はにっこりと笑った。

おわり。

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