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出産体験記-誕生-

陣痛の間隔が2分おきになっても、私は夫にアプリで間隔を計るように言い続けていた。

夫的には「今更もう良くない?」となっていてまじめに計っていなかったのだが、
私としては自分が今がどの位置にいるのかを知る手がかりは陣痛の間隔しかなかったのだ。

だから少しでも間隔が開いてしまったら、出産(つまりこの如何ともしがたい痛み)が長引くのではないか……それがとても恐怖だった。

陣痛が来るたびに「くぅうう……」と声が漏れるものの叫び声を上げるわけでもないので、助産師さんには「静かな妊婦さんね〜痛みに強いのね〜〜」と言われていた。

単純に痛いときに大きな声を出せないだけであった。めちゃくちゃ痛い。
早く終われ。

陣痛のタイミングで、お尻からう●こが出そうな間隔が襲ってきた。
これを我慢するのが辛い。

私はもともとかなりの便秘症で病院に通っている。便秘症の人間は便意のタイミングを逃すことを何よりも恐れる。
出したくなるタイミングを逃してしまったら、次いつ出るかわからないからだ。

しかし今出すわけにはいかない。
何せ衆人環視の下だ。

出産レポでもちょいちょい、子どもの前にう●こが出てしまう話は聞く。
それは避けたい。
出産前に私はそれをかなり懸念していた。

実はLDRに入ってから、一度便は出ていた。
もちろんトイレで、である。
LDRにはトイレがついているのだ。

なので腸内が空ということはないだろうが、差し迫ったものはないだろう。
つまりこれはう●こではなくて、子どもである。

いわゆる「いきみたい」という感覚なわけだ。
ほぼ便意である。

出したいというか、もう今にも出てきそう、である。しかし出すことはできない。(まだ子宮口が全開じゃないから)これが辛い。今すぐにでもいきんで出し切ってしまいたいが、それによって会陰が裂けまくるのも怖い。手詰まりである。しかし確実にそして定期的に襲ってくる圧をどう逃すのかが問題なのだ。
そこで登場したのが、陣痛時の必須アイテム・テニスボールである。

「旦那さん!テニスボールでお尻のあたりを押してあげて!こういう感じで!!」
助産師さんが力強く肛門のあたりを押すと、出そうな感覚がテニスボールで蓋をして押し戻す感じがして少し落ち着くのだ。

夫は言われた通りにテニスボールで私のお尻を押してはくれるのだが、やはり助産師さんとは経験値が違う。

「場所が違う……もっと強く…!だから場所が違うんだってば!そこじゃなくてもっと下!!」
何度か夫に指示を出したが、やっぱりなんだかしっくりこない。出てしまいそうだ。ちょ、まじで出る。出てしまう。やばい。ちゃんと押さえてくれ。

夫も正解がわからず感覚も掴めないのだろう。挙動不審になりながらテニスボールで場所を探っている。


6時過ぎ子宮口が全開になり、母親はLDRから出されたようだ。正直私は余裕0なので母親が出て行ったことにも気付かなかった。

「いきみたい?」
助産師さんがたずねてきた。
「…いきみたいです……」

バスケがしたいですみたいなノリで答えた。

「次の陣痛でいきもう」

ようやく出せる。
う●こではなくて子どもをだ。

よし、いきむぞ!
う●こを出す感覚なら任せてお……ん?

んん???
どこに力を入れたらいいかわからん!とにかくう●こを出すような感じでいいんですよね!?え!!??なんかいまいち力が込めにくいんだけど!!!!!

パニックである。
体勢がいつもと違うせいなのか、どこに力を込めていいかがわからない。

「ハイ!!いきんで!!!!」

「んんんんんんん〜〜〜」

「声出さないで!目も閉じない!!」

え、無理無理無理!!
声出ちゃうし目も閉じちゃうんだけどおおおおあお

「ハイ、いちにのさん!!!ふ〜〜〜〜!!!」

ま、待ってまだ息吸ってない!!!
うおおおおおお助産師さんとタイミング合わなくて呼吸が続かねぇえええええ!!!


何度かいきんだ後、ようやく子どもが出てきた。
ようだ。

子どもが出てくるという感覚は、正直よくわからなかった。
午後七時。とにかく、ようやく出産が終わった。破水から始まって17時間。初産なので特に時間がかかったわけでもないが、特別早くもないといったところだろう。

ここからの記憶は曖昧である。
1リットル近く出血があったためか、出産後かなりボーッとしており、その後の処置の記憶が全くないのだ。

赤ちゃんが横に置かれた時も、ぼんやり
「えーと…はじめまして……?」と腑抜けたことを言ったような気がする。
出産前「産まれたばかりの赤ちゃんは頭が長い」のが気になったらどうしようとどうでもいいことを考えていたが、そんなことを考える余裕もなかった。

かわいいとか、感動とか、そういうものも特になかった。
不思議。その一言である。
これが今私のお腹から出てきたのか。不思議だ。
いきなり母性爆発とかそんなことは全くない。
ぼんやりと「おお〜」と思った程度である。

そのあと子どもは処置のために別部屋に連れていかれ、再度綺麗になって戻ってきてから夫と共に三人で記念撮影をした。

今写真を見返すと、何故か眼鏡をかけている。いつ掛けたのかも覚えていない。
恐らく別部屋での処置はモニターで見れるので、モニターを見るために眼鏡をかけたものと思われるが、そのあたりの記憶もほぼないのだ。

いつのまにかいた産婦人科医は、一度診察を受けたことのある40代くらいの男の先生だった。
縫合の記憶も曖昧である。
何となく「結構裂けたね〜」的なことを言われていたような気がする。

LDRでぼんやりしていると、夕食が運ばれてきた。
全部は食べきれなかったが、そこそこの量は食べた気がする。お腹が空いたという感覚はなかったが、食べ始めると意外と入っていくものである。

しかし味はあまり感じなかった。

そんな状況なので、子どもが生まれた瞬間の夫のリアクションなどは全然記憶にないのだが
いつもヘラヘラしているので、この時もヘラヘラしていたと思う。

写真を見るとやっぱりヘラヘラしている。

LDRで2時間ほど過ごしたあと、個室へ移動した。
部屋は入院用の部屋に移動されていた。
母親は個室で待っていたようだった。

ベッドに横たわると、助産師さんがガラガラとベッドに乗せた子どもを連れてきた。

この病院は初日のみ子どもを預かってくれ、その後は同室である。
小さいな、と思った。
抱っこさせてもらったが、とても軽い。

少し落ち着いてはいたが、それでも感情の爆発は起きなかった。
眠い。
えっと…これ…いつまで抱っこしてればいいんですかね?

時間は既に深夜である。
夫も母もニコニコしているが、私は正直早く休みたかった。
噂に聞く産後ハイとは全く程遠い状況である。これも後から思えば、たぶん血が足りないからであろう。

何となく夢の中にいるようなふわふわした感じだ。リアリティがない。

助産師さんが来たので子どもを預けた。
「もういいの?」と聞かれて、少し心がチクっとした。
私は薄情なのだろうか。
「大丈夫です。お願いします」

正直、今の私には持て余してしまっている。
夫と母が帰っていった。もう12時を回っている。母は今日は我が家に泊まっていくようだ。

誰もいなくなった部屋で、私はベッドに横たわった。
そしてすっと眠りについた。

#出産 #出産レポ #初産 #新生児

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