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Stones alive complex (Rutilelated Quartz)

また恐ろしい夜がやってきた。

ここ童話の森では毎夜、かなりの高確率で恐ろしいことが起こる。

とても独特な周波数で吐き出される遠吠えのイントロをハミングしてるあいだに、大きな狼のその声は感極まってビブラートしてきた。

笑いをこらえているのかもしれない。
または。
涙をこらえているのかもしれない。

満月の影響だけでないことは、確かだ。

しかし、なにより奇妙なことはその後に起こった。狼の遠吠えは、人間の鼓膜では聴き取れない周波数まで加速していったのだ。さらに声は加速して、機関車の急ブレーキのようになり、吠えてる本人が狼狙するほどキュルキュルキーキー、 あまりに速いスピードで再生したテープレコーダーの音声みたいになった。

これが不可解にも、急に途切れた。

かと思えば。
代わりに、狼が激しく苦悶するあえぎ声が響いた。

これもまた変化して、狼は頭を垂れて喘息のような痙攣を起こした。
毛玉でも吐くのか?と思いきや!
吐かない・・・
狼はネコ科ではなくイヌ科だからだ。

身をよじるような咳とえずきに巨大な身体と異様に出っ張った腹が、月明かりに淡く照らされた地面を転がる。
そうしながら狼は、

マタイによる福音書、
第7章13-14節を、
魔女が乗り移ったかな声質に変わり、叫んだ。

「狭い門から入れ!滅びにいたる門は大きく、その道は広い!そして、そこから入って行く者は多い!命にいたる門は狭く、その道は細ぉーい!
そしてー!
それを見いだす者はぁ!
少なぁーーいいっ!」

狼は、はいつくばった腰を浮かせ、誰かにこの状況のことを質問したそうに天を睨んだ。
天は無言で見下ろした。
狼は、すぐに悲しげに首を振った。

次は、近くの木へ質問したそうに睨んだ。
その木からも無言で見返された。
狼は、すぐに悲しげに首を振った。

もがく大きな狼は、少しもち直してきて、睨んだ木にもたれ、どんどん雄叫びになる聖典の暗唱もかなり奇妙な遠吠えと共に続けたが、その言葉がますます彼を身体的に傷つけているかのようになっていく。見えない悪霊のようなものに、狼は縦横左右へ連続的パンチされているかに見えた。
鋭い牙が並んだロは半開きになっている。見開いた目からは止めどもない涙がナイアガラとなって後ろ脚のつま先まで瀑布していた。ぐったりと木にもたれ座り込む狼の姿は、ホセ・メンドーサ戦を終えた矢吹丈状になろうとしていた。

毛並みが真っ白になってく狼の胃袋の中で大騒ぎしている赤ずきんちゃんと赤ずきんちゃんのおばあさんと、三びきの子豚の長男と次男は、三日ほど前から。
赤ずきんちゃんとおばあさんが、猟師さんが助けに来てくれるからここでおとなしく待っていましょうと主張するのに対し、三びきの子豚の長男と次男は、いいや、うちの三男がなんとかしてくれるはずだから狼をやつのところへ向かわせるべきだと反論しており。その話し合いは、結論も妥協案も見いだせず今夜に至った。

業を煮やした子豚の長男と次男は、とうとう。
さっさとうちの三男が造ったレンガの家へ行かんかーいぼけぇー!って、バリトンとテノールでわめきちらし狼の胃袋の内側の皮を16ビートで叩いたり蹴ったりして、ドラミングをしはじめた。
その横で、赤ずきんちゃんのソプラノが猟師さーん猟師さーん!おばあさんのアルトが、私たちはここですよーはやく助けに来ておくれでないかーい!ついでに、神に助けを求める聖書の引用をランダムにミキシングしたコーラスをしていて、この童話の各種キャラたちが喚く周波数は、狼の太い気道で狼の呻き声と混ざり合い複雑に共鳴し合い、かなり独特な遠吠えとなってこの、狼に食べられる率がとても高い童話の森じゅうへ、響き渡っているのであった。

それと、これは。
ちなみの蛇足にして、どーでもええ補足だが。
狼の胃袋の中には他にも、嘘つきの狼少年とあまりメジャーな童話ではない七匹の子ヤギのメンバーがいるけれども、そっちのキャラたちの方はただただ落ち込んでいるばかりで、別段特に何も活動はしていなかった。

(おわり)

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