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Stones alive complex (Peridot)


ピーターパンとフック船長の空中戦は、フック船長側が圧倒的に不利でした。

自由に空を飛び回るピーターパンに対して、
海賊船のマストの先端からぶら下げたロープに吊るされ飛んでいるフック船長には、あまり自由度がありません。

ピーターパンは素早くフック船長の後ろへ回り込み、短い剣を構えて突っ込みます。

「うわわわっ!」

フック船長は空中でもがき、あやつり人形みたいに自分のロープをさばいて、なんとか後ろをふりかえりました。

右手についた鋼鉄のフックを胸に構え、かろうじてピーターパンの剣をガチンと弾き返し、がなり声をあげます。

「ちょこまかとー!
子供みたいに落ち着きがないやつだ!」

ピーターパンはマストの周りを旋回して、

「ぼくはいつまでも子供なのさ!
大人になるってどういうことなのか、さっぱり分からないんだ!」

ふたたび、フック船長へ突っ込んでゆきました。

「大人になるってことはね・・・ピーターパン」

マストの下から、縄でしばられているウエンディが格闘するふたりを見上げ、大人びた声で話しかけました。

「わたしみたいに縄で縛られたり、
フック船長みたいにロープで吊るされたりすることが、大人になるってことなのよ」

ピーターパンはケラケラ笑いながら、聞き返しました。

「わけがわかんないよ!
どうしてわざわざ、そんなもので身体を縛り付けなきゃいけないんだい?」

「ピーターパン・・・
縄やロープとはね。
人間関係のしがらみやら責任感やら社会的良識の比喩なのよ」

「そんな大人びた言葉は、よくわかんないや!」

ピーターパンはフック船長の帽子を蹴り飛ばし、服の端をつかんでくるくる回します。

「やめんか、ゴルァあっ!
さっさと大人にならんかーっ!」

ピーターパンを大人の世界へ引っ掛けようと、めちゃくちゃにフックを振り回す船長。

「やなこった!
ぼくは永遠に自由な子供でいたいのさ~」

「そういうの、ピーターパン症候群って言うのよ」

と、ウエンディ。

「目が回るぅぅぅ・・・」

「ウエンディ症候群っていうのはないのかしら?」

「だったら、ぼくがそのロープを切ってやるよ、フック船長!
あんたを自由にしてあげる!」

「それはやめろ!
この状況はとても不自由極まりないけれども、それが俺と社会との唯一の接点でもあるのだ!」

「海賊の発言とは思えないわね」

「あははは!
自由にしてやるってばよ!」

「やめろ!俺のロープに近づくな!
今切られたら、それは単なる自由落下にしかならん!」

「自由にリスクはつきものなのよね」

「リスクって硬いパンだっけ?」

「それは、ラスク」

「ぼくは自由しか知らないから、不自由ってどんな感じなんだい?」

「これ以上の、社会的落伍者にはなりたくない!」

「現代社会においてはね。
不自由感は安定感とアンビバレントなセットにされてるのよ」

「誰と誰がしゃべってるのかわからんぞ」

「チクタク・・・チクタク・・・」

「誰の発言かなんて、このさい、どうでもいい問題なんじゃない?」

「ねぇねぇ!
不自由ってどんな冒険なのさ?」

「チクタク・・・チクタク・・・」

「不自由には独特なドキドキ感があるの、ドM的にね」

「なにげにさっきから、チクタクって音が会話にまぎれこんでるんだけど・・・
まさかチクタクワニが近づいてきてるのか・・・?」

「どんなドキドキでも、ぼくは好きだな!」

「ドキドキしてきた!
チクタクワニが来たんだぁー!」

「不安や恐怖を感じている時には、脳が頭を恋愛モードに変えてしまうフェネチルアミンという脳内ホルモンを分泌させるのよ。
その理由は、脳が生命の危機的な状態を感じ取った時に自分の子孫を残そうとして身近な異性とつながろうとしているのだと考えることができるらしいの。
これはいわば、人間の生存本能による影響ね」

「そのウンチクは、この状況とどんな関係があるのだ?」

「ああ・・・
本能的じゃなく、理知的な大人の恋がしたいわ・・・」

「もーっ!
子供は小難しい話されるのが大嫌いなんだよ!
めんどくさいから、とっとと自由にしてやるよフック船長!」

ピーターパンは、フック船長の肩に飛び乗り、彼を吊るしてるロープをサクッと切り離しました。

「うーわーあー!」

なんということでしょう。
海面まで落下するフック船長を待たずして、
海の底から巨大なワニが大きなアゴを全開で飛び出してきて、あっけなく船長を丸呑みしたのです!

チクタクワニの口に呑み込まれたフック船長は、落下した勢いのまんま胃袋まで直行し、先に飲み込まれていたらしい誰かの身体とぶつかって止まりました。

「チクタク・・・チクタク・・・
お目覚めの時間ですよ!
フック船長!
実は、船長をお迎えにボートを漕いでいたら、こいつに飲み込まれてしまいましてね。
どうしようか困っていたら、こいつと行き先が同じだったようで、幸運でしたよ。
・・・チクタク・・・」

安眠誘導目覚まし付ドリームメーカーのアラームプログラムは真っ暗闇なワニの胃袋の中で起床プロトコルが描かれた手でさぐり、フック船長の右手をつかみました。

「おっと・・・
こっちの手はフックでしたね」

(おわり)

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