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Stones alive complex (Dumortierite in Quartz)

除夜の鐘が、鳴り止まなかった。

108をとっくにオーバーし、
すでに256を数えている。

日本各地でお寺の鐘をついてた人たちは、吊るした丸太から数時間も前に手を離したというのに?

ゴォーン。
ゴォーン。

下っ腹を震わす重低音の鐘の音がどこからともなく天空から響き続け、鳴り止む気配がない。

ただでさえ否応なくグルーブ感がたかぶってくるのが、大晦日。
そこへ終わりが見えないこういう種類のグルーブを折り重ねられたら、たかぶりで心拍リズムと三半規管が狂わされてしまう。

キョどる。

いやはやもう見てらんねぇやという口調になって、
12月31日が耳打ちしてくれた。

「・・・2月16日の人が、あなたに言い残したことがあるらしいのですよ、なにやら。
あの鐘を~鳴らしてるのは、あ~な~た~
の深層心理ってやつです」

思い当たる節があった・・・

玄関から飛び出し、除夜の鐘がローブローに撃ってくる贖罪の匂いは、どっち方位から漂ってくるのかを確認した。

タイヤの空気が抜けてる自転車を立ち漕ぎして、2月16日を探しにゆく。

夜闇の冷気がアイスピックとなって、ハンドルを持つスマホ対応手袋をも貫き、指先を突き刺してくる。

到着した宇治山田駅前は街灯のみで照らされ、時が止まっていた。
ぼんやり浮かぶライトの円の中で、2月16日はひっそりと待っていた。

急ぎ自転車を倒し、駆け寄ったが、
長い黒髪が流れるその背中は、振り返ろうとはしない。

彼女の、うつむいた声だけが漏れはじめた。

「『好きこそ物の上手なれ』を『好き者こそ上手なれ』と、言い間違えた私が悪かったのだけどね・・・」

腫れ物のように華奢な背中へ触れられない代わりに、せめて言葉で撫でる。

「あの時は、申し訳なかった。
あの場の誰よりも腹筋折って爆笑してしまった。
シモっぽい言い間違えが、ツボに入りすぎて・・・」

「笑われたことは別にいいの。
誰でも笑うわよね。
ただね、しつこすぎると思うの」

「・・・確かに。
三日もそのネタでみんなを引っ張ったのは、さすがにツボりすぎだったよな」

背後からそっと、お詫びのハグをすると。

2月16日は、

「良いお年を・・・」

明るさを取り戻した声を残し、後ろ姿のまま駅の改札を通って消えていった。

・・・

ゴォーン。

・・・

ゴォーン。

除夜の鐘が鳴る間隔が、少し長くなったようだ。
しかし、追いたてる音はまだ鳴り止んでない。

あれれ?
言われ残しが、もっとあるってことなのかしらん?

透き通った星が散らばる夜空を見上げ、今年の思い出を探る。

「6月9日じゃないかしら・・・?」

宇治山田駅の改札から、2月16日がひょっこりはん風に顔を出してそうつぶやくと、すぐに顔を引っ込めた。

その日だったか!
2月16日も参加してた6月9日のイベントだ!
思い当たる節がありすぎて、節々の関節が痛い!

ふたたび!
空気の抜けた自転車を立ち漕ぐ!

BBQパーリーへの乗り合わせ場所に使ったイオンの駐車場も、あの夏から時が止まっていた。

幹事役だった6月9日が陽気に手を振り、そこで待っていた。

自転車を演出ぽく派手に蹴り倒し、叫ぶ!

「徹夜仕事で寝坊したって言い訳で、
同情狙いの許しを乞うたが、本当はな!
明け方までワオワオのゲーム・オブ・スローンズ連続放送を観てたんだ!
車出し係としては、絶対にあってはならない遅刻だった!
あん時は、まことにすまんかった!」

6月9日は永き付き合いの間、いちども怒った顔を見たことがない。
温厚性を極めた性格の男だ。
あの失態の時ですらもそうだった。
かといって、その温厚さに甘えるのは真の友情ではない。

こちらのやらかしを安易に許し、人柄でほぐすいつもの微笑みで、彼はやれやれと頭を掻いてくれてはいるが。

しかーし。

真の謝罪とは、失態を繰り返さないための対策案を、誠意とのセットで提示することに他ならない。

「来年からはネッフリをメインにするよ!
あれならレンタルと同じだから、物語の途中で停止もできるんだぜ!キリがつけやすい!」

ああ、そうしといてくれよな。そんな意図の親指を立てた彼6月9日は。
「良いお年を・・・」
ほがらかに言い、業務時間外のフードコートへと歩き去っていった。

彼の爪の垢を煎じて培養して量産して、ケムトレイルのように、争いが絶えぬこの惑星の大気へ隅々まで拡散させたい。

ゴォーン・・・
・・・
・・・
ゴォーン・・・
・・・
・・・

間隔を広げながらも、まだ鳴り止まぬ除夜の鐘。

こうなったら!
思いつく限りの日付へと、空気の抜けた自転車で駆けまくるしかない!のか?

立ち漕ぎの全身が、夜風の短剣で八つに裂かれようが!
構ってなどいられないっ!
心晴れ晴れと新年を迎えるためだ!

思い当たる節へ!
その節は、の節々へ!
己の世界線を正すために、ひたすら弱虫げなペダルを漕ぐ!

ゴォーン・・・

「ぺーぺーはすごいぜ!今なら買い物が20%オフになるんだってさ!と、勧めたのは・・・あっけなくキャンペーンが終了した後だったな!
ごめんな、12月18日君!
余談だけど今年は。
なんとかぺー、なんとかぺー、って入れ替わり次々押し寄せてきやがって、林家一門かよ!訳わからんわ!ぱーも出してやれよ!」

「良いお年を・・・」

ゴォーン・・・

「ジャニの追っかけなんて歳を考えろと暴言吐いた舌の根が乾く前に、こっちはパヒュームのコンサートへ行っちゃったりしてたんだてへぺろ(死語)!前言を撤回する!
4月22日子さん!」

「良いお年を・・・」

ゴォーン・・・

「初彼氏との、のろけツーショットを毎朝のように嫌がらせLINEしてくんじゃねーよ!あさがお観察日記かよ!テンション上げすぎてるからそらみたことかクリスマス前に反動で関係が息切れしとるやんけざまあ!
ほどほどの幸多かれ、7月18日から12月3日まで美ちゃん!」

節々には、できなかった反撃も含まれているようだった。

「良いお年を・・・」

ゴォーン・・・

「こんばんはんばんこ!って、ひょうきんアクション付きのギャグはさすがに、聞き飽きドン引きウケの限度を越えようとしてるから、もう封印しますさかいに!今年もお世話になりましたついでに、来年も図々しくお世話になりま!
12月14日カラオケ忘年会の音痴ども!」

「良いお年を・・・」
「良いお年を・・・」
「良いお年を・・・」

ゴ・・・ォー・・・ン・・・ン・・・

・・・

除夜の鐘が、ゆっくりと鳴り止んでゆく。

ひとり反省会の歳越しな夢が走馬灯に駆けるまぶたを、遠赤外線で暖める初日の出が。

窓向こうの。
ダークグルーブブルーな東の空を、ライトグルーブブルーに染め直してゆく。

20X19のマトリックスも、
きっと脳天気なナイトメアになるのだろうな。

(おわり)

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