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Stones alive complex (Enhydro Quartz)



月の舟は、月の河を進む。

ふたりの流れ者が、
新しい世界を探す旅をする。

スワンのボートのように、キミとボクだけを乗せて。

この舟はバン・アレン帯に循環する透明な風に押される帆船だが、薄いグレーの雲の島に溜め込められた雷で充電した電力と、おぼろな月の光で発電した電力でスクリューも回している。
ハイブリッドな推進システムを採用しているのは、
この透明な風が年ごとに弱くなってるからだ。

「探し物は夢の中へ」

「雨上がりの夜空の向こうへ」

「あのリリックスはね。
部屋をガサ入れされた時に、
捜査官があちこち引っ掻き回してるのを、
ヤバいものなんてどこ探してもないよ~ん、
それよりも楽しく踊らな~い?うふふ~ん。
て、ニヤけながら見物している描写だっていう噂は知ってる?
だから、訳が分からない歌詞らしいんだ」

「マズローによれば。
生理学的な生きる理由とは、
『脳の報酬系を活性化させること』
らしいわね。
『報酬系』とは、中脳の腹側被蓋野から側坐核、内側全脳束、中隔、視床下部などの複数の領域に分布する神経系のことで。
この中枢には、快楽中枢である『A10神経系』がある。この神経系をなんとか刺激して、より長く多幸感を感じる状況を創ることが、幸せな人生ってことなのよ」

「社会的にも肉体的にもリスクが無い方法による刺激を利用するのが、得策だな」

「社会的肉体的リスクが無い方法でね」

「ナチュラルに」

「オーガニックに」

「天然の行為だけを使って」

「こんな気持ち・・・上手く言えないわ」

「雲ひとつない・・・雲の上」

昼間の月が散らしている微量な光子を、ちゃんと船の帆の発電繊維が受け取っていると、マストの先端にあるLEDがぼんやり点滅して知らせている。

「どうして、太陽光発電も採用しなかったの?」

「派手すぎて、雅じゃないからさ。
波長としては月明かりの方が、いい。
直視もできるし」

「キャンドルくらいの淡いまたたきでも、同じ電力が生まれるわよね」

「シナプスのスパーク程度の、だけどね」

「狙ったシナプスを繊細にスパークさせるなら、
シナプスのスパーク程度の発電量で、充分よ」

「あの曲がり角の標識を曲がったら、甲板に灯りをともすことにしよう」

直径500mほどの隕石が、進路を遮ろうとしている。地球へ直進してゆくその動く標識を避けて船体が傾くと、甲板はぼぉっと輝いた。

出港した時には下弦だった上空の月は、
今はほぼ満月になっている。

月が満ち欠けしたのでは、なく。

円周の航路を航行する月の舟からの、月を見上げる角度が変ったのだ。

「重要なのは、報酬系シナプススパークを妨害する要因を、しっかり取り除いておくことだ」

「無駄なバックグラウンド思考のことね。
答えの出ない質問を繰り返し、処罰系シナプスからたくさんの障害ノイズが出てしまう」

「船は港にいるときが最も安全であるが、
それは船が作られた目的ではない。
(パウル・コエーリョ)」

「そういうことね。
夢の中でじっとしてれば、処罰系は働かないかもしれない・・・」

「・・・けれどもそれでは、報酬系も働かない」

「そういう時は。
この夢の外への旅が、
シナプスのバッテリーをビンビンにしてくれるのさ」

「この旅って・・・
他人にとっては意味不明な、独り言みたいな物語のこと?」

(おわり)

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