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Stones alive complex (Aquamarine)


ぼくら入団希望者の目的意識は、強かった。

しかし、この時点で「覚悟無き者はすみやかに立ち去れ!」と魔導士がもう一度言ってくれたら、誰もが可及的すみやかに家に帰って、カップラーメンでも食い、すべてを忘れて眠ってしまおうとしただろう。目的意識の強さを試されていた。

深夜まで行われてるこの「黄金の夜更かし団」の入団儀式のために、ぼくらは朝から何も食べてはいなかった。空腹は強き意志さえも凌駕する。それすらも入団への通過儀礼なのか・・・?

魔導士は。
魂の牢獄から解放され、自己の全体性をさらなる高みの次元へ再構成せんと望む入団希望者たちへ自信に溢れた眼差しを送り続け、この者たちを導けるのは自分しかいないとわかっている、厳しい経験を積んだ熟練の職人めいた態度だった。
核分裂テクノロジーを発明した顔つきの科学者的な威厳を備えているというか、邪悪なる知恵に心を引き裂かれながらも未知なる領域を追い求めずにはいられない探究心というものへ、否応なしに飲み込まれる人間の業に、つき動かされているといった風に。

「・・・よって。
ここまでを手短に要約すると、魔導の者それ自身には何らも力は無い。
魔導とは、存在しているものを存在させている力、その根源へアクセスしコントロールし利用する知識と技能なのだ。
もっと手短に要約すれば、ほぼフォースの暗黒面寄りということだな。
黄金の夜更かし団の教義と魔術原理及び、入団の心得は、以上だ」

朝7時から19時間弱にも及ぶ、飲まず食わず休憩無しな魔導士の事前レクチャーが、ようやく終わった。つまり、もう深夜2時近くになろうとしている。

「皆の者!
この肉の祭壇へ注目せよ!」

魔導士は、全員が背筋を伸ばさずにはいられない威厳ある声で告げた。

小麦の粉を平たく焼いて作られた丸い直径25センチほどの、祭壇。
六人がけのテーブル中央にひとつだけ乗せられたそれは、ずっと天井からの淡い照明で静かに照らされじっとしている。注文してから19時間弱も。とっくに熱も冷め、厚みもしぼんで薄く固まっている様子だ。
長い長い事前レクチャーが終わって、ようやく出番となったのに。

「ただ今から、聖餐の儀式を執り行う。
よく聞くがいい、皆の者!
この祭壇は、私の肉である」

魔導士は、フォークの先で祭壇のパン生地をつついた。

「そして、これが。
私の血である・・・」

テーブルの片隅に置かれた「TABASCO」と書かれた小瓶を持ち上げ、祭壇であるパン生地へ中身をふりかけようとした、らば・・・

「あ!あのう・・・」

入団希望者のひとりが、おどおどした声を上げた。

「ええっと・・・
ぼくは・・・辛いのが苦手で・・・いつも、かけない派なんですが・・・」

不心得者の彼は、魔道士とその他入団希望者からキッ!て睨まれ口をつぐみ、しょぼんとうつむいた。
もはや、ここへ集いし者どもの胃袋は甘かろうが辛かろうが酸っぱかろうがなんだろうが、猛烈に肉と血に飢えていた。魔導士からもっとも離れたとこに座ってるひとりの入団希望者は、数時間前から爪楊枝を噛んでチュウチュウ吸っている。

魔道士は熟練の無表情で容赦なく、魔導士自身の肉を象徴した祭壇へと、その赤く辛い血をドバドバふりかけた。

そして、
カット無しでと注文した祭壇へ、店に頼んで借りてた回転する車輪型カッターの刃を入れる。

魔道士は、呪文を唱えながらその作業を、粛々と進めていった。

「・・・ベーコン・・・サラミ・・・マッシュルーム・・・タマネギ・・・ワギリナルピーマン・・・」

熟練の手さばきでトッピングごと、回転する丸いナイフを巧みに使い、いく筋もの切れ目を入れてゆく。
祭壇には、一筆書きした「☆」の線で切れ目が入れられた。ほぼフォースの暗黒面寄りパワーが、祭壇へと注入されたのだ。

集いし者たちが儀式の緊張も忘れ、ごくりと生唾を飲み込む。みんなの上半身は、正確に揃った前のめりの45度になっている。

「さあ。
我が血と肉が、神聖なる図形として切り分けられた。
では。
ひとりずつ、朝から教えこんだ呪文を唱えよ。
ちゃんと暗記はしておるな?
間違えたら、最初からやり直しせよ。
皆が呪文を唱え終わってから順番にこの血肉を口へと運び、一切れづつ私の魔導のパワーを継承するのだっ!」

魔道士が最初のひとりを指名するとその者は、唱え終わるまでざっと所要時間が30分はかかる呪文を、厳かかつ焦って唱え始めた。

「ヌエカツ、ハウドマ、ハテッヘガラハ・・・」

その時。

「お客様、お話のお邪魔をして申し訳ありません」

我らのテーブルへ、にこやかな笑顔のウエイトレスがやってきた。

「ラストオーダーのお時間ですが、他にご注文はございますか?」

「えっ?
このファミレス、24時間営業じゃないのかね?」

魔道士は、魔道士からぬうろたえをわずかに見せた。

「はい。当店は深夜2時までの営業でございます」

彼女は、ピザ一枚だけ注文して口もつけずに超長時間粘ってる集団へ、厳しい経験を積んだ熟練の職人のような微笑みを向けていた。だが、漏れ出すキャパオーバーの感情で、愛想の良い瞳の上に美しく細く伸びてる眉が、ぴくぴくしていた。

「儀式は、銀色の夜明けとともに終了する段取だったのに・・・」

魔道士は、魔道士らしさを取り戻した声質で厳かに皆へつぶやいた。

黄金の夜更かし団による、夜更かしの入団儀式は。
本日はひとまず中止か?、お持ち帰りして誰かの家で続行か?に、なろうとしていた。

(おわり)

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