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Stones alive complex (Blue Fluorite)


リフレーミング塗装の長靴と薄緑色の金銭感覚迷彩柄ズボン。厚手のジャケットは、いにしえの東シュメール王国全盛の頃の品らしい。とんがり帽子はバビロニア帝国成立後と呼ばれる時代のものだろう。青地のコートには、明らかに手作りっぽいニセモノの神殿騎士団の記章とチープな階級肩章が付いている。
その下には赤白のシマシマウォーリーシャツという奇抜なファッションだ。

いく種類も野菜が並ぶ店頭で仁王立ちしてる腰には銃身の太い銃を装着したガンベルトが揺れ、手には長い杖に見える高枝切りバサミを持っている。

伸ばし放題なヤギひげの鼻の上の丸メガネを指でくいっとはね上げ、この果物屋の男はこめかみまでつり上がった鋭い目で、立ちすくんでる少年をみつめた。

驚かせちまったかなと思った果物屋は、すぐ白い歯を見せてニヤッて笑うと、店先でおどおどしてる少年の肩を馴れ馴れしく抱き寄せ、さりげな~く巧みに店内に引き入れようとした。

「とても聡明そうなお坊ちゃんは、ここへは何をお探しで?
ずばり、当店はダブルバインド商店街でいちばんの果物屋だぜ!」

彼は少年の薄い肩をぺちぺち叩いた。

「まだ小っちぇえガキンチョなのにこんなに遠くまで夕飯のおつかいとは、必要以上に立派なシツケをされてるんだねぇ」

小国ほども面積がある山脈に店舗が点在しているダブルバインド商店街をさ迷い、ようやく一軒の果物屋が見つかったいま、少年は可及的速やかに渡されてる買い物リストのものを手に入れて家へ帰りたかった。

「ボクが探しているのは、
ごくごく普通のリンゴだよ。
こんなにだだっ広いのに、なぜこの商店街には普通のものがひとつも売ってないの?!」

疲れきった顔つきの少年を励ますかに、
果物屋は両手を陽気に広げた。

「普通のものかあ。
普通という種類のものは、ここでは貴重品なんだ。
普通じゃねえリンゴなら、うちなら何だってそろってるぜ!
オレにまるっと任せな!
さあ、入った入った!」

少年は、まだためらっている。

「うーん・・・どうしようかなぁ・・・」

とんちんかんなものを買って帰ったら、母ちゃんにカザフスタンまでぶっとばされる。

ぶっとばされる前に事情くらいは聞いてもらえるなら幸運な方だ。

「よっしゃ!」

果物屋は、景気よく叫んだ。

「なんか買ってくれたら、
うちにある梨をぜんぶオマケでくれてやろう!」

「・・・ほんとに?
おじさんて豪気なんだね!」

少年は、元気が出はじめた声になる。

「豪気たあ、古風な言い回しをするお坊ちゃんだな!
でもな、お坊ちゃんはラッキーだ!
ちょうど入荷したばかりのすんげぇリンゴがあるんだぜ!
ついて来な!」

そこまで言うならと。
少年は果物屋の後へついて店へ入る。

すると、まず。
ぜんぶの粒についたマブタを開け、ブドウが鋭く光る眼球群でじろじろ見た。
ダンボールに山積みのミカンは警戒して半月刀のように細くなり、ほぼバナナ化した。
高い棚に並べられた梨たちは店先で果物屋が少年と喋ってたオマケの話を小耳にはさんでいたせいで震えており、限りなく透明に青ざめてゆき、とうとうその存在を『無し』にした。

果物屋は、番台の横へ乱雑に置かれた箱の中から、リンゴをひとつ取り出した。
それは三角形をしてるフローライト色のリンゴで、逆さに生えた木をぶら下げていた。

「お坊ちゃん、こいつはな。
『頑張れないリンゴ』
なんだぜ!」

少年は首を傾げた。

「頑張れない・・・リンゴ?
頑張れるリンゴじゃなくて?」

少年は頑張らないと、いつも母ちゃんにカムチャツカ半島までぶっとばされていた。

「頑張るってのは普通にやることだろ。
これは普通じゃねえんだ。
このリンゴはな・・・」

いいかよく聞けよとばかりに大きく息を吸い込んで果物屋は、

「普通の『幸せになるためには頑張らなきゃいけない』を長く続けていると、いつの間にか無意識の根っこが『頑張るのが手段ではなく目的』になっちまって。するってーと『幸せになってしまったら、頑張る理由が無くなり頑張れなくなってしまう』ので。
『頑張り続けるためには幸せになってはいけない!』とゆう本末転倒の味に観念の実が腐食してしまうんだ!
こいつは、本末転倒したそれをさらに本末転倒させて、元の普通とは別方向の普通じゃないものへ体質をシフトするビタミン成分が含まれているリンゴ、なんだぜ!」

首を傾げたままの少年へ、一歩近づき。
さらに語気を強めて、

「つまりな!
『頑張らなきゃ幸せになれない』はずなのに『頑張れば頑張るほど幸せからどんどん遠ざかる』というバインド状に絡み合った枝葉を形成している観念の高枝を祓って、ひっくり返せるリンゴってわけさ!
どうよ?!」

果物屋の勢いに押されて、少年は一歩下がった。

「ボクは・・・そんなこ難しいことはまだよく分からない年頃なんだ」

と、言いながら少年は別のことを考えていた。

どうやらこのおじさんからこのリンゴを買わされることは避けられない雰囲気になりつつあるが。
ここまでヘンテコなクラスのリンゴを買ってったら、母ちゃんにぶっとばされるのはカザフスタンじゃなくてスカンジナビア半島かも、と。
カザフスタンならシルクロード経由で比較的楽に帰ってこれるが、スカンジナビア半島だったら永久凍土越えが・・・かなり厳しい・・・

果物屋は、少年の考えてることを誤解して、

「そうか!
お坊ちゃんには、ちょっとばかしこ難しい説明をして悩ませちまったかな!
あっはははははは。
まあ。
おじさんくらいの年頃になると、こ難しいことがまったく分からない方が幸せに生きてゆけるようになるんだがな!」

少年はすべての運命を受け入れるという綺麗な表現で、ヤケクソになってきた。

「いいなあ、おじさんは。
呑気なお年頃で・・・
お歳は、いくつなの?」

「オレか?
オレは地球より歳上なんだぜ!
だからな。
オレの歴史の中で一年という概念が無かった時代もあるんで正確な年齢は数えられないんだ。
ここだけの話。
この地球という果物は、このおじさんが持ってきたものなんだ!
だから、そもそもからここは普通な場所じゃねえってことさ。
ここでの普通は普通じゃなくて、
普通じゃないが、普通なんだな本来はな。
それだけは、なるべく若いうちによーく覚えといた方がいいぜ!」

(おわり)

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