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Stones alive complex (Iris Quartz)


人間ならすぐに足を止めてしまうが、アイリスは疾走する足の勢いを落とさず逆に加速して、左車線から進行方向を横切ってくる大型トラックを飛び越えた。

そのまま道向こうの住宅の屋根に着地すると、住宅街の屋根を飛び石にしてピョンピョン駆け続ける。

住宅地の外れの屋根が途切れたところで足元が消え、慣性の法則どおりに長い放物線を描き、その先のショッピングモールへと突っ込む。

買い物客が賑わう、わずかな隙間を目にも止まらぬフットワークですり抜け、アイリスが巻き起こす竜巻に巻き込まれクルクル回されてる人々と商店街に並んだ赤や紫やゴールドのカラフルな商品の色が混じる残像の川が、後方へ流れてゆくのを横目で眺めた。

ショッピングモールの奥は丁字路の突き当りになっていて、どこまでも最短距離の直線コースを疾走するつもりのアイリスの正面へ、オシャレ系な雑貨店のビルが近づいてきた。

アイリスは、ちょうどそこへ入店しようとしていた客が開いた自動ドアを客より先に通り抜け、商品棚を揺らして店内を走り、レジをうってる女性を飛び越え、「STAFF ONLY」と書かれたドアをちょうど開けたスタッフを押しのけた先の短い廊下を走った先の階段を五段跳びで駆け上がった先の半開きな事務室のドアを体当たりで突破。
いくつもの事務机に積まれた書類や資料の山の上を跳ねる。

日差しが差し込む隅の席の横で、なんらかの失策をしてうなだれてるらしいスタッフらしき女性と、そのなんらかの失策を猛烈に説教してるらしい上司らしきオジサンの頭へ、足をかけてジャンプ。

人工物らしい頭髪らしき不自然な感触を足裏に感じながら、高そうな革張りの椅子ごと後ろ向きに倒れるオジサンの背後に積まれた大量の発注ミスらしい商品らしきダンボール箱へもう一度足をかけてジャンプ。
大きなガラスの窓をぶち破って、再び野外へ飛び出した。

駅前通りの信号がちょうど青になったタイミングで、横断歩道のど真ん中に着地。一瞬も間を置かずにダッシュを再開、駅の中へと駆け込んだ。

通勤時間帯でごった返す人混みをジグザグに避けながら、改札口へ動いてゆく人の波に揉まれても足を止めずキョロキョロ探す。

主人がいた。

主人は、寝ぼけマナコの今にも倒れそうなゾンビみたいな歩き方をしていて。
定期券をポケットからのろのろ取り出したが、改札口へ向かってため息をつきグラッと傾く。
ぶっ倒れるをギリギリに踏ん張る角度で立ち止まって消え入りそうに、細くこぼした。

「ああ・・・仕事行きたくねぇなぁ・・・
このまま遠くの温泉へでも逃げちゃおうかなぁ・・・」

アイリスは、ラストスパートの加速をつけて主人へ駆け寄り。

「あなたーっ!
忘れ物よーっ!
そ、れ、は!
ア・タ・シ!❣」

そう叫ぶと主人の右耳へ飛び込み、鼓膜を通り抜けて前頭前野の中を駆け抜け、神経回路の迷路を最短距離に疾走して、チューブ状のウォータースライダーとなった視神経を滑り降り、視床下部の定位置へ転がり降りた。

息を切らして服のホコリをはたき、やれやれと落ち着くのも後回しに自分のシートへ座って、ドーパミンペダルを一気に踏み込んでゆく。

すると主人は。
よどんだ気分を吹っ切るように大きく背伸びをし、首をコキコキ回す。

「ええいーっ!
うだうだボヤいてても、しょうがねーなっ!
よーし!
今日も一日、がんばるぞーっ!」

軽快な調子で定期券を改札へピッと押し付け、主人は電車の到発着アラームと騒がしい足音が響くホームの喧騒へ、いつもどおりの早足で歩いていった。

ようやく朝からの長い疾走を終えたアイリスは、主人の目の裏側からうっとりした声のトーンでつぶやいた。

「モチベーションを忘れてっちゃダメでしょ!
ア・ナ・タ😘」

(おわり)

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