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深夜図書館

時刻は1時40分。
最終列車だったというのに、俺は寝過ごしてしまった。

ここは高尾駅。タクシーで戻るには距離も時間も忍びなかった。
なんの気まぐれか、俺は改札を抜け、南口を出てゆっくり歩きだしていた。なんとなく目が冴えてしまったのだ。

真っ暗なモスバーガーをチラッと見て、その先の眩しい明かりに包まれたファミリーマートと、これまた真っ暗な小学校の間をぶらぶら歩いていると、ちょっと目を惹く建物に遭遇した。それはコンクリート打ちっぱなしの小洒落たビル……中央にひとつだけ頑丈そうな鉄の扉があって、その重そうな扉には「OPEN」というプレートだけが下がっていた。

「こりゃいいや」

と、何故かハイテンションな俺は、迷わず扉に手をかけていた。

扉を開けると、薄暗い中、すぐに下へ降りる階段が現れて、その先にぼんやりと灯かりが感じられる。

ゆっくりと、慎重に階段を降りてゆく……。

踊り場は割と広く、すりガラスに覆われた店の全景が見渡せた。
そして、そのガラスの向こう側は白熱球らしい電球の優しい照明に照らされていて、店内へ入る古びた木の扉には小さく

BAR深夜図書館

という名が刻まれていた。


◇◇◇


カウンターだけしかない店内。椅子は4つ。
白髪のマスターは椅子に腰かけていて、俺を見るなり

「あんた、この辺の人じゃないね」

と言った。

俺は、一番奥の席に腰掛けて何か注文しようと棚を見渡した。
マスターは、

「今日はこれだな……」

と、マッカランの18年とロックグラスを取り出して、ドンとカウンターに置いた。

「好きに飲みな。どうせ始発待ちだろう……そこのナッツとジャーキーは好きなだけ食べていい。氷はここ。あと、つまみにこれを読みな……」

と言い、一冊のバインダーを手渡された。

俺には店のルールや要領がさっぱりわからなかったけれど、とりあえずマスターの言う通りマッカランをグラスにどぼどぼと注ぎ、氷をぶち込み、そして渡されたバインダーを開いてみた。

真っ白なページ。
何も書かれていないページがどこまでもどこまでも。
よく見ると、それは点字図書だった。

「マスター……これ……」

マスターは椅子に腰かけたまま眠っているかのよう。
俺は仕方なくもう一度ページに目を落とし、手で触れてみた。

目を瞑る。

「あっ……」

「どうだ、見えたろう……」

マスターはいつのまにか俺の背後に立っていてボソッと呟いた。

「この本はな、見えるんだよ。お前さんのよく知ってることがな……」

とだけ言い残し、マスターはカウンターの中へ戻って椅子に腰かけるとまた目を閉じてしまった。

(続 またいつか書き足します




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