港区が面白かった時代を振り返る

先日、あの時代の港区は楽しかったなーという話を友達としていた。きっと誰もがしたくても出来ない体験を幸運にも与えてもらってきた。今みたいに炎上文化もなくて、港区には本当に面白い人達がいて、ただ楽しみたいから遊ぶという、バブリーな大人の遊び場の雰囲気があった。

景気が良すぎるお花見会

私が港区界隈の人達とはじめて会ったのは、2009年、22歳の春頃だった。10代は事務所に隔離されていたのでメンバー以外の友達はほとんどいなかったし、事務所が厳しいから夜遊びなんてとてもじゃないけど出来なかった。それで、卒業後、20歳ぐらいから仲良くなった某女子アナの子に「大学の先輩がお花見するから行こう」と誘われてひょいひょいついていったら、「花より団子」みたいな世界にタイムスリップしてしまったというはじまりだった。お花見なんて公園でするものだと思っていたのに、連れて行ってもらったのはある御曹司さんの都内一等地の豪邸でお庭に桜が咲いてヒラヒラと舞っていた。え、お花見って自宅でするものなんだと驚愕した。そこには、今まで見たこともないような綺麗なお姉様とか上品で豪華な男性陣がずらーっといた。名刺をたくさんもらった。会社を経営している感じの名刺だった。

「東京名物」と遊ぶ

一番強烈に記憶に残っているのは麻布十番かどこかのプライベートバーみたいな個室での飲み会だった。誰とは言えないけど当時ニュースで見たことのある方と飲んだ。テレビの印象とは打って変わってご本人は魅力に溢れていて、男性陣が飲む前にトランプゲームをして負けた人がその日の高額飲み代、全部奢りねという流れを仕切ってるのがその方だった。遊びをみずから開発して場をゲームにかえてしまうし、女性陣を全員いじり倒すトークも面白くて、この方は天性の勝負師なんだなと思って印象に残っている。なんて表現したらいいのかわからないんだけど、遊び方に気品があった。あんな風にセンスがあって大人のいい遊び方をするような方には、いまだに、ほとんど出会ったことがない。

西麻布の権八あたりで合コン

「東京名物」の方々とゴージャス飲み会ばかりしていたわけじゃない。いろんな方と出会いながら社会を知ろうと当時の私は考えていて、サラリーマン合コンにも行っていた。西麻布の権八あたりで開催されていた合コンはたしか何度か行った。可愛い子を連れていかないと週5〜6で合コンするような男性にめちゃめちゃ怒られた。あのあたりに暗証番号を押して入るような暗いBARがあったんだよね。今もあるのかな。なかに入ると「職業はモデルです」と言っているすごい若い子達がいて、なにここ!と衝撃を受けた。リーマンショック前は街がイキイキとしていた。あの頃の西麻布は、街に色気があって、かっこよかった。

高いワインは針金に包まれて横に倒された状態で出てくる

友達や知り合いに呼ばれるがまま遊んでいたから、ワインが出されても高いのか安いのか価値がさっぱり分かっていなかった。ある日、針金に包まれて横に倒されて籠のなかに入って出てきたワインがあって、「これ、なんか美味しいですね。もっと呑みたい〜」とか言ってグビグビ飲んでいた。「なんてワインなんですか?」と聞いたら「ロマネ・コンティ」と名前を教えてもらった。昨日、出会ったソムリエの方に、「ワインの名前はよく分からないけど、ロマネ・コンティだけは覚えてます。あれは、中毒になるかと思ったぐらい美味しかった!」と言ったら「それ、200万です」と言われて、驚いた。

ハロウィンパーティーの仮装クオリティーは異常にレベルが高かった

ハロウィンの仮装をするのがまだ日本では珍しかった当時、毎年ハロウィンパーティーに気合いを入れていた。10月が楽しみだった。プロのヘアメイクさんにお願いをして完璧に仮装していた。私が参加していた溜池山王のパーティーは、全体の仮装クオリティーが異常なぐらいレベル高かったので、お金をかけてプロの力も借りないと他の参加者の人達に勝てなかった。今はもうやらなくなっちゃったけど、あのハロウィンパーティーは東京で一番のレベルだったと思う。

あの時代の港区の思い出は一生心の中で生き続ける

正直なところ、今の港区で遊びたいとは思わない。なぜなら面白く遊んでいる人達があまりいないという印象がある。遊びは「誰と」遊ぶかが、重要だった。面白い人達と遊ぶために、必死で仕事を終わらせて終電に飛び乗って港区に行っていた。

男性陣とメールでやっていたような、口説き口説かれゲームみたいなのも楽しかった。22歳から、都合よく遊ばれないように計算することや、口説けそうで口説けないバランス感覚、相手を本気にさせる技術など、実戦で覚えてきたため、今となっては、悪い女に成長してしまった。心理戦はつよくなったよね。相当なメンバーと瀬戸際の駆け引きをしてきているから、港区が私の交渉能力を育ててくれたといっても過言ではない。

それにしても、バブル世代に生まれたわけでもないのにバブル世代のような成功体験ができたのはいい思い出だった。ご馳走様でした〜!また、どこかで遊びましょう。

《↓22歳、西麻布交差点。》


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斎藤美海

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