見出し画像

働く母親にも二種類いること

結婚する前、ある企業で働いたが、それはお金のためより世間体のためだった。

もし私が生まれたのがあと10年早ければ、学校を卒業したあと「家事手伝い」という名目で家にいる女性がたくさんいたし、祖母や叔母など母親世代より年上の女性に「○○ちゃんを働かせなくてもいいのに」と母親に苦言を呈したそうだ。

大学を卒業したあと、娘が家にいるよりもしかるべき企業で働くほうが「世間的にもいい」と思っている母親も、結婚し子供がいる女性が働くことを快く思っておらず、以前別の仕事をしていることを話したら「子供がかわいそう。生活費が足りないなら送るからいくら足りないのかいいなさい」と言われ、今は仕事をしていないことになっている。

実際に、エステやネイル、お仕事用の服や下着の納入費など「売れる女性としての価値を維持するお金」や子供の学童費、おそうじサービスなど、仕事をすることで掛かる経費を除けば、夫の収入だけで生活費は賄える。

それはなにもわたしが特別なのではなく、私の回りの多くの働くお母さんは、自分が働きたいから働き続け、そのための経費、保育費や学童費も、どちらも民間で月10万ぐらい掛かっても、自分が稼いだ中から出している。

しかし、一方で生活費のために働く母親も多く、保育園も学童もできるだけ安いところ、つまり国の負担で賄うことを求めている。

ところで、国を頼らず自分の稼いだなかから担っている人は「多国の負担で保育園に通わせる人たち」に対して、批難することはない。

批難する人たちは、なんらかの形で国からの支援を受けている人たちだったり、ぎりぎりの生活を強いられている人たちだ。

それは、「限られた国の予算」のなかで、自分の取り分を奪いあう存在だからかもしれない。

昨日はお休みしましたので、有料部分はありません。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?