「自分は何者でもない」なんて、思わない方が良い。

 時計が両針を真上に、深夜0時を指している。そろそろ酒の一杯でも飲んで寝ましょうと思ったところに、女友達から連絡がひとつ。『電話しても良い?』 そもそも彼女には欠片の恋心も無かったが、正直若干興奮した。奮う気持ちを抑え「いいよ~~~」と返信する。波線が多い。平静を装うためである。

 直後着信。なんとなくわざと3コールくらいを待って、電話に応える。『久しぶり』と切り出す彼女の声は、普段からハスキーではあったが、日々に比べて幾分低かった。聞くに、そこそこ元気が無いようであった。「久しぶり。元気?」『うーん、元気と言えば元気』「元気な人はそんな返事しないでしょう」『たしかに』「どうしたの なんかあった?」『あのねえ、』 

なんか、会社の上司から『君は別に何者でもないの。だから、自分が個性的だとか、"自分ならでは" とか、思わないほうが良いよ』って言われて。別に自分のことを唯一無二の存在だと思ったことは無いし、特別だと思ったことも無いんだけど。なんかすごい辛くて。なんでそんなことわざわざ言うのかな~と思った。

 香ばしい。何も言えなくなっちゃった。僕も言われたことあるんです、それ。個性云々、オリジナル云々、よく言われます。沈黙に健やかなメンタルを保てず、「ちょっと待ってください。酒を入れてくるので」と言いキッチンへ。氷で満タンにしたグラスに、控えめな量のウイスキーを注ぐ。寝酒はなるべくロックであっさりが良い。あの話を長く話してしまえば、きっと僕は無心に怒ってしまう。あるいは彼女と同様、元気を無くしてしまう。そもそも、自分の心配はここにおいてあまり意味を成さない。今は、彼女が元気になることに比重を置くべきだ。

 イヤホンを耳に挿入、「お待たせしました~」と声をかける。『何飲んでんの』と聞かれ、「ウイスキーです すげえ濃いやつ飲むぞ~」とニヤニヤ笑いながら言う。途端、いがらっぽく優しげな、少し大きめの笑い声が反応した。良かった。「くだらないから、あんま気にしない方が良いと思うよ。若さに嫉妬してるんだな。知らねえけど」と一応続ける。きっともう彼女は元気だ。

 案の定、『うん、なんか別にどうでもいいやと思うわ』と返ってきた。良かった。元気だ。「良かった~ 全然関係ない話するべ~~」と返答、最近買ったスニーカーがダサすぎる話、女性がよく言う「下着の一軍・二軍」の違いが分からない話、「なんだかんだ男は短髪に限る」という偏愛の話、鼻先のニキビがいつまでも治らない話、をした。至極どうでもいい話を延々。

 互いに一生懸命話すもんだから、もはや時刻は2:00になっていた。「そろそろ寝よう。眠くなってきた」と言うと、『ありがとう。電話して良かった』と返事をくれる。「僕は別に何も言ってないので。酒飲んで女モノの下着の話をしてただけです」と恥ずかしかった。すぐに電話を切った。


 『君は別に何者でもないの。だから、自分が個性的だとか、"自分ならでは" とか、思わないほうが良いよ』

 なるほどたしかに、仕事においてはそうかもしれない。自らを消して殺して、クライアントなり何なりが求めるモノを提案。納品。相手にぴったり寄り添った「間違っていないモノ」ができれば、100点をもらえる。対価が手に入る。みんな喜ぶ。

 が、そんなもの、自分以外がやったって同じだ。誰がやったって同じだ。僕はWEBのライターとして生計を立てているが、説明的な文章を書いて生きるつもりは毛頭無い。それは、僕じゃなくても良いからだ。僕にしかできない仕事を、僕にしかできない方法でしていきたい。いっそ、これをきっかけに仕事が減っても良い。決まった枠に収まる文章を書き続けるロボットになるくらいなら、自分を殺さずに万年金欠の人間である方がずっとマシだ。

 何者でもないはずが無い。人はみんな個性的だ。自分の人生は自分にしか生きられない。唯一無二であり、特別な存在だ。他人に何を言われようが、気分を悪くする必要は無い。「自分は何者でもない」なんて、思わない方が良い。自分でしかない人生を楽しむべきだ。そんなつまんねえ意見には、唾をかけてションベンかけてやろう。ブルーハーツ、『未来は僕らの手の中』を聴きましょう。


 最後に、この文を書くにあたって、運命的なタイミングで出会った文章を紹介します。こちらも合わせて読んでみてください。物凄く驚きました。コピーライター・糸井重里さんの文章「今日のダーリン」です。今日・明日しか読めないので、ぜひともお早めに。

【書くということには、どれほどビジネスと同化させても、書いた人間の生きてきた道筋がにじみ出てしまう。それじゃ困るということもあるだろうけれど、それがあるからこそ、文章なんだとも言える。】糸井重里・今日のダーリン6月4日 https://www.1101.com/home.html 

頂いたお金で、酒と本を買いに行きます。ありがとうございます。