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夜です。ビールを飲みましょう。

 帰宅。任せてもらえる仕事も増え、最近はほんの少しばかり忙しくなってきた。とはいえ、前職よりは随分早い時間に家へと到着するもので。20:00。晩飯を食わずに帰路を終え、ボロのドアを蹴り開け、汚れた部屋のきたねえ布団に寝転がります。「あー、疲れた。酒。酒を飲もう」と少々長めの独り言をこぼし、布団を後にする。立ちくらみが深酔いに少し似ているのをしめしめ感じながら、「ビールだ」と、髭面の頬を掻きながら冷蔵庫へ。

 ちょうど良く、瓶の一本がてらてらに冷えてありました。臙脂色の粗末な栓抜きでもって、その頂点に重なった王冠を抜く。カッチーン。あー。ごくごく。ぷはー。なんでもない一日の終盤には、等身大な褒美を設けるべきだ。うめー。父の言葉、『仕事終わりの酒が一番うめえんだ』というのを思い出します。そうだね、お父さん。俺もようやく、それを理解できる歳になった。

 飯を食わぬ身としては、なるほど何かひとつぐらいは、気の利いたつまみを用意したいと思ってしまう。料理は不得手、飯の一つも作れない25歳の僕は、おばあちゃんが送ってくれた荷物をゴソゴソとほじくりました。ツナ缶の4つ連なったものを見つけてだらしなくほくそ笑む。「これです。これ」とぼやきながら、薄いビニールを乱雑に破いた。

 うまいです。そりゃもう、うまいに決まってる。塩味が口内の奥ら辺、舌の付け根にツンと響いた。そりゃ美味しい。しょっぱけりゃなんでも美味しいのだ。油がさらさらと喉を流れる。それをくまなく追わせるように、ビールを口へ口へ。ペアリングもマリアージュも知らない若輩者には、その場凌ぎの奇跡がしばしば起きてしまう。

 料理は引き算だ、と言った白髪の料理研究家があった。そもそも “料理” を知らないため、パンクを聴いてしまったため、天邪鬼のスキルだけを向こう見ずに伸ばしてしまったため、「いや、足し算だろ。塩とか。何言ってんだ」と反抗。マヨネーズを探す。先ほどビールを示した位置には無く、その他諸々を確認するに、やはり見つからない。ツナマヨは神様だと聞きましたが、こんなふしだらな人間に、神は微笑んでくれないようです。「しょうがないよねえ」と言いながら、同居人がいつか買ってきた塩胡椒に腕を伸ばした。

 パンパン振りかけ、黒の粒がベージュに浮いたのを確認。これはうまいっしょ。箸でどろどろに混ぜて、大きな人肌色の粒を口へ運ぶ。「いや、しょっぱ!!!何これ!!!」眉を生涯最大限ひそめつつ、透明緑の瓶を唇にぶつけた。おおげさな麦の匂いが、口から鼻へと遷移する。うふふ。美味しいなぁ。感情のアップダウンを抑えられず、15秒前の惨劇はその末遥か彼方。ほとんどゆすぐようにしたのち、喉をぐぶぐぶ鳴らします。ツナマヨの神様は笑ってくれなかったけど、どうせ僕には一人で築き上げたハリボテの天国があるのでした。


 夜は愉快だ。ビールを飲めば、すべてが良くなる。なんでも良い。アテ無しにも幸福であった。ほろ酔いの渦に穏やかな地獄を見ては、体を揺らし尻尾を振らせて恵比須顔。穏便な夜。ビールがどうか、世界平和をもたらしてくれるのを待ちます。今日も元気だ、ビールがうまい。

#夜更けのおつまみ

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