僕が黒ばかりを着る理由。

 18:00を少し過ぎたあたり、暇が祟ってしまい、友達に声をかけた。「酒の一杯でもいかがでしょうか」『良いね どこ?』「安いところ 下北沢が良いね」『そうしよう 早く来いよ』 僕らはいつもこんな感じだ。もちろん、入る店は事前に決まっていない。多分どこかしら空いてるでしょう、と。

 この日は、中華屋に入った。名前は忘れた。僕らのレパートリーと言えば、中華屋か赤提灯を店前に飾った居酒屋くらいのもので、この日も同じく「中華食いたいな」『麻婆豆腐か麻婆茄子が良い』「唐揚げも食いたい」などと、道すがらのほぼほぼを、中華料理のことしか考えなかった二人。彼は、回鍋肉とレモンサワーを注文した。何だったんだよ。惑わすなよ。麻婆はいずこへ。僕はメンマと餃子と、大瓶のビールを注文。

 『コート掛けるからちょうだい』と声をかけられる。僕はこの人のこういうところが好きなんだ。果てしなく大雑把に見えるけど、人にはちゃんと気を使えるところ。タバコの煙を人にぶつけないマナーは、この人から学んだ。

 これ、新しいでしょ 見たことない また黒買ったのかよ

 そうだよ、何が悪い。黒だよ。2週間ほど前、お前が今掛けようとしてくれてる黒い上着を買いました。自慢しようと思って、寒いところをわざわざ着て来ました。『お前は本当に黒ばっかだな』 そうです。黒ばっかりです。

 「いいじゃん別に 好きなんだし」と答えると、彼が顔をしかめる。『何にこだわって黒を選んでるの?』と言った。改めて自分の嗜好を語るのはどこか恥ずかしかったし、そんなことは酒を飲みながら話すもんじゃない。下世話な話をしよう、どうしようもない恋愛の話。あわよくばヒモになりたい話。そういうのをしましょう。僕ははぐらかすように、「酒をこぼしても目立たないから黒ばっかり着てるんだよ〜」と言った。後々、ちょっと恥ずかしかった。

 僕が黒ばかりを着る理由。そんなこと、今の今まで考えたことも無かった。(酒をこぼしても云々は、あながち間違いじゃないのでは…)と思った。

 日々、飲酒に明け暮れだらしない。大衆居酒屋のダサい椅子に座った僕はケラケラ笑い、口元はゆるく、ジョッキと下唇との距離すら危うい。当然のごとく服の裾にはビールがこぼれ、そのたび「うわーもうやだー ストロー欲しいなー」と言う。

 衣服が白なら散々である。黄色のシミが点々、腹部中央から股間にかけて散らばり。これは、黒だからなんとかなっているんである。黄色ごときが黒に勝つことはないので、点滲みも目立たない。

僕が心底憧れるデザイナー、山本耀司はこう言った。

『ノマドの人たち(放浪者)のファッションには勝てないです。“人生を懸けた服”“生活を着てる”という意味合いで(勝てない)。それが僕の憧れだし、いちばんやりたい服づくりなんですけども』

山本耀司、ウールを語る ── ファッションにとってサステイナブルであるとはどういうことか? | GQ JAPAN https://gqjapan.jp/fashion/interview/20160719/talk-about-wool-vol1-yohji-yamamoto

 僕は放浪者なんだろうか、というのはいささか疑問だが、『生活を着てる』というのはきっとその通りだろうと思う。彼がデザインしたウールギャバジンのダブルのセットアップ、Y's for Menの服はいつもビールに濡れている。それは紛れもなく、「生活を身に付けている」という意味合いである。きっと無駄足だが、いい加減クリーニングにでも出さなきゃなぁと思っている。どうせ、今晩も酒をこぼしてしまうんだろうけど。

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頂いたお金で、酒と本を買いに行きます。ありがとうございます。

ありがとうございます。頑張って書いた甲斐がありました。
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三浦 希

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