丸裸の人が好きだ。僕も丸裸になりたい。

 この文章は、エッチな話じゃない。丸裸の女の人は、もちろん好きだ。彼女を見る時、彼女の近くにいる時、僕も丸裸だったら良いと思う。これは、エッチの話だ。このまま書き続けていれば、きっと小冊子にまとめられるくらいの官能小説になってしまうだろうから、触りだけでやめておく。触りでもない。フェザータッチである。ちょっと冗談が過ぎた。

 ここでの「丸裸」とは、「まるっとすべてさらけ出してしまう状態」のことである。『俺はこう思う』とか、『私はこうだと思う』というのを、何の修飾も無しに発すること。何のてらいも無く、格好付けることも無く、可愛こぶることも無く。思ったことを、生身のまま口から出してしまうこと。

 またそれは、「口から出す」ということに限った話ではない。言葉だけでなく、態度もそうである。ムカつく時はあからさまにイライラしたり、嬉しい時には子どものようにはしゃいだり。少し強い言葉で表現するなら、「動物的」とも言えるだろう。

 僕は、そういう人のことが好きだ。うまい飯を口に入れた数秒後、『これうめえな!』と言える人。かえって、美味しくない飯を食べた時に『まずい』と言える人。悲しい時には下を向きまったく何も話さず、面白いものを見た時にはゲラゲラ笑っているような人。僕は、そういう人間が大好きだ。

 自らがそういう人間になれないからである。「バカ舌は幸せだ」とか言っている間に、僕は、一切「まずい」と言えなくなった。格好付けて大人になったフリを続けていたら、お葬式で涙も出なくなってしまった。腹が立ってもヘラヘラ笑っているし、悔しい時にはいつも決まって「まあ、仕方ないっしょ」と言うようになった。

 これは、嘘なのだ。不味いもんは不味い。知り合いの死は、大人でも涙が出るほど悲しいことだ。腹が立って壁を殴ることもあるだろうし、悔しさでやり切れない思いをすることも、きっとある。僕は、都合の良い「修飾」の方法を知った結果、嘘つきになってしまった。前を向きながら逃げることを知ってしまった。ただの嘘つきである。

 ただ、これは自己否定ではない。「俺はダメな奴なのだ」と世間様に言いまくって、『わかるよ、でも三浦君はそのままで大丈夫だよ〜』と言っていただきたい訳ではない。「俺はダメだ!俺はダメだ!」と自分の頬をぶん殴っているのでもない。

 羨望である。羨ましいと思う。「愚直」は格好良い。「愚かなほどに素直」なのは、きっと美しいことだ。おおっぴろげにできるのも、ひとつの能力である。

 僕も、そうあってみたいと思う。ひねくれず、素直に、真っ直ぐ、シンプルに、飾ることもなく。丸裸になって、思いのままに言葉を発してみたいと思う。生の態度を全面に押し出してみたい。美味くない飯を食った帰り道に「不味かったな〜、あれ」と言ったり、ムカついた友達に「お前はマジで何なんだよ」と怒ったりしてみたい。

 ただ、「前を向きながら逃げることを知ってしまった」なんて言ってこんな文章をしこしこ書いているうちは、多分、「丸裸」にはなれないんだろう。すごく着飾ってる。困ったもんです。

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三浦 希

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