二度振り返って、そこにいる人。

 雨上がりの下北沢にて。「大衆酒場 〜〜〜」と書かれた店を見つけて、即座に友達に連絡した。「今、下北沢にいる 飯でも食おう」と。連絡の目的は、飯じゃない。そんなのは嘘っぱちだ。酒を飲む口実として、一方同率タイで、彼と会うための口実として。至極だらしない連絡をしてしまう。その時、僕は酒に酔っている。

 彼は、『20分後くらいに着くよ』と返事をくれた。良い奴だ。先に入って、酒でも飲みながら待つことにした。

 地下へと続く階段を降り切った先に、分厚いプラスチックみたいなのれんがでーんと立ちはだかっている。それを手でざっくり分けて、顔を覗かせる。「空いてます?」と確認。店主がぶっきらぼうに、『ここ空いてるよ』と一言だけ。俺はこういう店に来たかったんだ。

 店内にあるのは、コの字を描くカウンターと、壁に貼られたきったねえメニュー、その上の棚には、ブラウン管?のテレビが一台。最高の店だった。お客さん同士が、めんどくせえ野球の話を延々している。「清宮はどこに行くのか」だとか、「ラミレスは結構良い監督だ」とか。『清宮、早実の早熟じゃなけりゃ良いな!』という声が聞こえた時、思わず笑ってしまった。「上手いっすね!」と言ってしまった。最高だ。最高の店に、最高の客。すごく素敵な居酒屋を見つけてしまった。

 

 キンミヤの水割りをちびちび飲みながら、時たま、〆サバに箸を伸ばす。200円でこんな美味いものが食べられる店は、他に無いよ。うめえなぁうめえなぁと思いながらタバコに火を点けた時、携帯が鳴った。電話口、『今、店の前。ここで合ってるかな 地下?』と彼。「そうだよ〜」『おっけ。今降りるわ。』

 彼もまた、20分前の僕がそうしたように、のれんの切れ目からのっそり顔を覗かせた。じっくり見ると、彼の顔はほんのり赤かった。(酔っ払ってんのかよ)と思いながら、彼がカウンターの「コ」の端っこ、僕が立ち飲みしている場所に着くのを待つ。

 酔っ払った客をかき分けて、彼が到着した。「酔っ払ってんすか」 『いや、三浦がだろ。俺は酔っ払ってないよ。寝起きだよ』 そうか。俺は酔っ払っているのだ。彼は寝起きか。よくも来てくれたな。ありがてえな。

 酒を飲んでいる間の話は、あんまり覚えていない。たしか、隣のおじさんが『お前らはモテそうだな!羨ましいよ!エロいことばっかしてんだろ!』と言っていたような気がする。言ってなかったか。ただ一つ明確に、彼は『オレのはもう、てんでダメだよ。大事な時に使い物にならない』と言った。そのとき僕は、友達の顔が一瞬曇ったのを見逃さなかった。「ド」が付く下ネタを、初対面で言ってしまうおじさん。僕は嫌いじゃない。彼もまた、嫌いではないはずだ。ただ、タイミングが早すぎた。一発目で下半身の話をするんじゃないよ。面白いから、俺としては良いけど。

 さっきまでは少しばかり優しかった店主の顔もまた、徐々に曇り始める。『時間なんで』と言う語気がだんだん強くなってきた。下ネタのおじさんに「じゃあ、そろそろ」と言って、そそくさ店を後にする。本当に良い店だった。今度は早い時間に行きたいなぁ。

 駅までの道。千鳥足でふたり、平行の線を描く。くだらない話をしながら、なんでもない道をふたりしてフラフラと。のんべりぶらぶら駅に辿り着いた時、『じゃあ、気をつけてね。ちゃんと帰れよ』と隣の千鳥が鳴いた。彼は徒歩で来たらしい。僕は井の頭線に乗る。「じゃあ、またね」と言って、握手をした。

 改札を通ったあとの数歩目、僕は野暮なもんで、(まだあそこにいるのかなぁ)と振り返ってしまう。彼は変わらず、まだそこに立っていた。にやにやしながら手を振っていた。帰って寝たいだろうに、申し訳ねえなぁ。嬉しいなぁ。ニヤけながら、僕も手を振る。

 四、五歩ほど歩いたのちも、やっぱり僕は野暮だ。また振り返ってしまう。この時はさすがに、いなくても良いと思っている。眠たいよ、きっと。ざっくり振り返れば、まだ彼の姿があった。さすがにそれには、結構大きな声で笑ってしまった。もう一度手を振る。ちょっと格好悪かったかなと思い、歩く速度を少しばかり速くした。恥ずかしかったけど、嬉しかった。

 二度振り返ってもそこに居続けてくれ、なんて思っていない。なんなら、早く帰って寝てくれれば良い。僕ごときに気なんか使わず、ささっと帰ってくれて良いのだ。そこに居ないからと言って、嫌な気分になるでもない。決してない。

 彼は手を振っていた。僕自身それを求めてはいないにせよ、こういう気概は尊いと思う。美しいな、と思った。二度目に振り返って彼を確認した時は少し恥ずかしかったが、紛れもなく、僕はその時嬉しかった。

 僕もそういう人間であれたら良いな、と思う。人を嬉しい気持ちにさせる行動を、てらいもなく自然に取れる人間になりたい。僕が二度目に振り返った時の、彼の優しい目を真似しようと思う。本当に、ありがたい友達を持ったものだ。また誘うつもりだ。ありがとうございました。

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ありがとうございます。頑張って書いた甲斐がありました。
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三浦 希

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