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古事記百景 その二十三

稲羽の素菟

 故此大国主神之兄弟カレコノオホクニヌシノカミノミアニオト
八十神坐ヤソカミマシキ
然皆国者避於大国主神シカレドモミナクニハオホクニヌシノカミニサリマツリキ
所以避者サリマツリシユエハ
其八十神各ソノヤソカミオノモオノモ
有欲婚稲羽之八上比売之心イナバノヤカミヒメヲヨバハムノココロアリテ共行稲羽時トモニイナバニユキタルトキニ
於大穴牟遲神負帒オホナムヂノカミニフクロヲオハセ
為從者トモビトトシテ
率往イテユキキ
於是到氣多之前時ココニケタノサキニイタリケルトキニ
裸菟伏也アカハダナルウサギフセリ
爾八十神謂其菟云ヤソガミソノウサキニイヒケラク
汝将為者イマシセムハ
浴此海塩コノウシホヲアミ
當風吹而カゼノフクニアタリテ
伏高山尾上タカヤマノヲノヘニフシテヨチフ
故其菟カレソノウサギ
從八十神之教而伏ヤソカミノヲシフルママニシテフシキ
爾其塩隨乾ココニソノシホノカワクマニマニ
其身皮悉風見吹拆故ソノミノカハコトゴトニカゼニフキサカエシカラニ
痛苦泣伏者イタミテナキフセレバ
最後之來大穴牟遲神イヤハテニキマセルオホナムヂノカミ
見其菟言ソノウサギヲミテ
何由汝泣伏ナゾモイマシナキフセルトトヒタマフニ

菟答言ウサギマヲサク
僕在淤岐嶋アレオキノシマニアリキ
雖欲度此地コノクニニワタラマクホリツレドモ
無度因故ワタラムヨシナカリシカバ
欺海和邇言ウミノワニヲアザムキテイヒケラク。…自和以下二字以音下效此…
吾興汝アレトイマシト
競欲計族之多小トモガラノオホキスクナキヲクラベテム
故汝者カレイマシハ
隨其族在悉率來ソノトモガラノアリノコトゴトイテキテ
自此嶋至于氣多前コノシマヨリケタノサキマデ
皆列伏度ミナナミフシワタレ

爾吾蹈其上アシソノウエヲフミテ
走乍讀度ハシリツツヨミワタラム
於是知興吾族孰多ココニアガトモガラトイヅレカオホキトイフコトヲシラムト
如此言者カクイヒシカバ
見欺而アザムカエテ
列伏之時ナミフセリシトキニ
吾蹈其上アレソノウヘヲフミテ
讀度來ヨミワタリキテ
今将下地時イマツチニオリムトスルトキニ
吾云汝者我見欺言竟アレイマシハワレニアザムカエツトイヒヲハレバ
即伏最端和邇スナハチイヤハシニフセルワニ
捕我アヲトラヘテ
悉剥我衣服コトゴトニアガキモノヲハギキ
因此泣患者コレニヨリテナキタリヘシカバ
先行八十神之命以サキダチテイデマセルヤソカミノミコトモチテ
誨告浴海塩當風伏ウシホヲアミテカゼニアタリフセレトヲシヘタマヒキ
故為如教者カレオシヘノゴトセシカバ
我身悉傷アガミコトゴトニソコナハエツトマヲス

於是大穴牟遲神ココニオホナムヂノカミ
教告其菟ソノウサギニオシヘタマハク
今急往此水門イマトクコノミナトニユキテ
以水洗汝身ミヅモチテナガミヲアラヒテ
即取其水門之蒲黄スナハチソノミナトノカマノハナヲトリテ
敷散而シキチラシテ
輾轉其上者ソノウヘニコイマロビテバ
汝身如本膚必差ナガミモトノハダノゴトカナラズイエナムモノゾトヲシヘタマヒキ
故為如教カレヲシヘノゴトセシカバ
其身如本也ソノミモトノゴトクニナリキ
此稲羽之素菟者也コレイナバノシロウサギトイフモノナリ
於今者謂菟神也イマニハウサギガミトモイフ
故其菟白大穴牟遲神カレソノウサギオホナムヂノカミニマヲサク
此八十神者コノヤソカミハ
必不得八上比売カナラズヤカミヒメヲエタマハジ
雖負帒フクロヲオヒタマヘレドモ
汝命獲之ナガミコトゾエタマハムトマヲシキ

於是八上比売ココニヤカミヒメ
答八十神言ヤソカミニコタヘテイハク
吾者不聞汝等之言アハミマシタチノコトヲキカジ
将嫁大穴牟遲神オホナムヂノカミニアハムトイフ
故爾八十神怒カレココニヤソカミイカリテ
欲殺大穴牟遲神共議而オホナムヂノカミヲコロサムトアヒタバカリテ


大国主神オオクニヌシノカミには八十神やそがみのご兄弟がいらっしゃいました。
しかし、どちらのご兄弟も大国主神オオクニヌシノカミに国を任せることになってしまいます。

八十神やそがみのご兄弟は各々稲羽いなば八上比売ヤガミヒメを妻に迎えたいと思われ、稲羽へ求婚のための旅をされます。
その時、大国主神オオクニヌシノカミはまだ大穴牟遅神オオナムヂノカミと呼ばれ、ご兄弟の従者のような扱いでした。

八十神やそがみ気多けたの岬付近に到着した時、裸のうさぎが伏せっているところに出会いました。

八十神やそがみ一行はそのうさぎにお伝えになります。

『あなたがその身を治したいのなら、海水を浴び、風に当たり、山の頂上でうつ伏せになりなさい』

菟は八十神やそがみの教えに従い、伏せていたのですが、身に浴びた海水が乾き、さらに風に吹かれると、皮がことごとく裂けるようになったのです。

あまりの痛さに泣き苦しんでいると、一行の最後を歩く大穴牟遅神オオナムヂノカミが通りかかり、うさぎを様子を見て、

『あなたは何故泣き伏しているのか』

とお尋ねになります。

うさぎが答えました。

『私は淤岐島おきのしまに住んでいますが、こちらの地に渡りたかったのです。そこで海にいる和迩わにを欺き、渡る方法を考えました』

うさぎ和迩わにに、

『あなたの一族と私の一族のどちらが多いか競ってみないか? あなたは、あなたの一族をことごとく率い、この島から気多の岬まで皆を一列に並ばせてくれればいい。私がその上を走りながら数を読もう。そうすればどちらの一族が多いのか分かるだろう』

と誘いました。

和迩わには一族を率い列を作り、うさぎは数を数えながら、その上を渡っていきます。

そしてまさに今、対岸へ渡り終えようとした時、

『私はこの海を渡りたいために、あなたたちを欺いたのだ』

と言ってしまいます。

『すると最後の和迩わにが私を捕らえ、私の毛をことごとく剝ぎ取ってしまったのです。それで泣いていると、先程ここをお通りになった八十神やそがみが海水を浴び風に当たって臥しなさいと仰ったので、その通りにすると、我が身はこのように傷だらけになってしまいました』

大穴牟遅神オオナムヂノカミうさぎに教えてあげます。

『今すぐ水門のある場所へ急ぎ、河の水でその身を洗いなさい。そして水門付近に生えるがまの黄色い部分を敷きつめ、その上を転がりなさい。そうすればきっと元通りになるでしょう』

うさぎ大穴牟遅神オオナムヂノカミに、

八十神やそがみ八上比売ヤガミヒメの心を得られず、あなたが彼女の心を獲ることでしょう』

と言いました。

事実八上比売ヤガミヒメ八十神やそがみの求婚に対し、

『私はあなたたちの誰かの妻にはなりません。私が嫁ぐのは大穴牟遅神オオナムヂノカミです』

とお答えになります。

八十神やそがみは怒り、共に謀ることで大穴牟遅神オオナムヂノカミを殺そうとします。


※古事記原文には「大国主神之兄弟」と書かれています。大国主命は兄に虐
 げられているのかと思っていましたが、弟もいらっしゃるとは発見でし
 た。
※八十神とは、固有名詞ではなく、八十もの神がいる訳でもなく、大勢の神
 という程度の意味です。
※稲羽とは因幡のことで鳥取県東部を指します。
※気多とは鳥取市近辺だったと言われています。
※淤岐島は隠岐島だと言われています。
※和迩はワニではなくサメまたはフカだと言われています。さすがに日本海
 近辺にワニの生息事例はなく不自然ですし、日本海の西の方ではサメのこ
 とをワニと呼ぶこともあり、今ではサメだと考えられているようです。一
 方で海神のことをワニと呼ぶという説もあります。ただし海神の背中を橋
 代わりに使うというのも考えにくいですし、海神が毛を剥いだというのも
 ちょっと無理がある気がします。また荒唐無稽な話として素兎はウサギで
 はなく、エイリアンだったという説もあります。エイリアンの提案や助言
 もあって葦原中国を完成させたといわれているようです。
※ワニがウサギの毛を剥ぎ取ったと思ってらっしゃる方は多いと思います
 が、原文では、「和迩捕我悉剥我衣服」と書かれています。つまり「和迩
 に捕まり我は悉く衣服を剥がれた」となります。ウサギの毛や何なら皮膚
 でもいいですが、衣服という表現をするのでしょうか、疑問です。
※蒲の黄色い部分とは蒲の穂の花粉のことのようです。また、蒲の花粉には
 痛みを和らげる作用があると言われており、大国主神は医療の神とも言わ
 れます。
※稲羽之素菟とは因幡の白兎のことです。
※因幡の白兎は預言者だったのかもしれません。


「太安万侶です。今回は八上比売と稲羽の素菟がゲストです。どんな話が飛び出すか楽しみです。まずは八上比売、八十神の求婚は何故断られたのでしょう」

「だって、あの方たちはご自分の自慢ばっかりなんですもの」

「アピールということではないのですか?」

「アピールするなら、私をどれだけ好きなのかとか、結婚したら私にどれだけのことをしてくれるのかとかじゃありません?」

「そのご指摘は正しいですね」

「それなのにご自分の自慢か、他の方を蹴落とすような話ばかりで、ちっとも魅力を感じませんでしたわ」

「これは手厳しい。ですが、大穴牟遅神の名を出されたのはどういう訳でしょう」

「八十神の方々のことも、大穴牟遅神のことも、噂には聞こえておりましたから、八十神の方々に少しは身の程を弁えてもらおうと、一番邪険に扱われている大穴牟遅神の名を出させていただきました」

「八十神よりも大穴牟遅神の方がまだマシだということでしょうか」

「そのように解釈していただいても何ら差し支えございません」

「大穴牟遅神に実際に逢われたことは?」

「この段階ではまだお目に掛かっておりません」

「なるほど。ではこの先の話は内緒といたしましょうか」

「お話ししても私は一向に構いませんよ」

「いえいえ、楽しみは先に取っておきましょう」

「そうですか。ということは次回も出なければならないのかしら」

「それはどうでしょうね。では次に稲羽の素菟です。もうすっかり治ったみたいですね」

「ありがとう。もうすっかり元通りになったよ。大穴牟遅神の治療方法が的確だったから大事に至らずに済んで、彼には感謝しかないね。それでも高熱が出たりとか、しばらくは大変だったんだよ」

「見てくれている方たちの最大の疑問を聞いてもいいかな?」

「何故欺いていることを話したのかってこと?」

「そう、話すべきかどうかという議論がまずあるけど、話してしまうとしても、せめてあと数歩進んでからなら最悪の事態は避けられたんじゃないの?」

「それは仰る通りです」

「どうして話しちゃったの」

「一番大きな理由は、あそこで話さないと物語が途切れてしまうってことだね。因幡の白兎って言う寓話も童話も生まれなかったし、後の大国主神が医療の神と言われることもなかったと思うよ」

「何それ? つまり物語を続けるためには、あそこで君が犠牲になるしかなかったってこと?」

「その通り」

「もう一ついいかな、原文では素菟になってるんだけど、白兎って言われているよね。それについて違和感はないのかな?」

「白兎って誰が言い出したのか知らないし、ウサギは白のイメージがあるみたいだから、別にいいんじゃないですか。素菟もシロウサギと読ましてるよね」

「じゃあ原文も白兎に替えた方がいいのかなあ」

「まずは白兎と言い出した方の話を聞いてきてください。それに今さら原文は変えられないでしょ」

「身も蓋もないけれど、それはそうだね。ねぇちょっと、新・古事記とか、古事記ふたたび、などの出版予定はないですか?」


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