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恵みの雨か 災いの雨 どちらになるかは 天の気まぐれ

二千二十二年 六月

はじめに

この書は完成品の一部抜粋です。
シリーズ五作目です。

ですが、前作同様、この書には悪者は出てきません。
殺人などの物騒な事件も起こりません。
詐欺などのややこしい事件も起こりません。
そこには日常の神や仏がいらっしゃるだけです。
今回は、少し困ったお話しです。
解決策は他になかったのか。
難しいですね。

また、この書は、神や仏を中心に書かれています。
神や仏のことには余り詳しくないんだという方々のために、神となった背景や係わった歴史の一場面などが書かれています。

場面は京都ですから観光案内書のような一面も併せ持っています。

また、この本の特徴として情景描写がほとんどありません。
会話が主です。
読まれた方が想像していただければ、それぞれの世界が広がるはずです。
神や仏に決まりきった世界は必要ないと私は考えています。

それでは、真面目だったり、ぶっ飛んでいたり、お転婆だったり、悩みを抱えていたりする神や仏の姿をご覧ください。
そして、それぞれの世界で神や仏と戯れてください。

貴船の龍神

 ここには私が知る限りの事実や不実が書かれています。
どうか鵜呑みにされませんように。

梅雨本番である。
時に激しく、時にしとしと、そしてジメジメ。
恵みの雨ともいわれるが、晴れ間が恋しくなるのは私だけか?
そんな雨降る中、月様がお連れ様を伴い現れた。

「最近雨が多いが、元気しているか? この間チビ助けに会ったが、大国主と一緒に来たんだってな。あの二人、口の利き方がなってないだろ? 迷惑することはなかったか?」
「いえ、お悩みを聞かせてもらいました。それに憤りとか怒りも。人間のいたらない部分を痛感しましたが、国全体が動かないと、それは今更あり得ないことなのですが、容易には解決できないのが残念です。少なくとも、私一人の力では如何ともし難く」
「そうか、内容までは聞いてなかったが、重い話だったのだな」
「はい、とても考えさせられるお話しでした」
「そうか、では気晴らしをしよう。今日は元気になってもらおうと思って彼を連れてきた」
「どなたですか?」
「龍神だ。貴布禰総本宮きふねそうほんぐう貴船神社きふねじんじゃの祭神で高龗神タカオカミノカミといい、水を司る神だ。先日、姪っ子を貴船まで送った時に偶然会ってな。お前の話をしたら会いたいといいだした」
水の神だって? 雨激しくならない?

「初めまして。私は人間で竹本といいます。月読命とは何の因果か、親しくさせてもらっています。よろしくお願いします」
「私との関係を因果というか。因は比丘尼との出会いになるのだろうが、果はどう見る」
「因果を原因と結果とするなら、因は仰る通りですが、未だ過程であり果には至っていません」
「そうだな」
「また、果を良い結果となすには、私を含め、神々の行い次第じゃないでしょうか。生意気ですみません」
「ホントに生意気だ。神に対して、これだけズケズケとものをいう人間に初めて会った」
「噂通りだろ」
「神様の間で私のことが噂になっているのですか?」
「ごく一部だけでな」
「暴言を吐く者や泣き言を言う者、実際に泣き出す者など、色々見てきたが、いずれも直接ではないしな。気に入ったぞ、竹本とやら」
「恐れ入ります。これも月様のお陰です。ありがとうございます」
「お主、月様と呼ばれているのか? では私は龍様だな。なんか強そうだろ」
この龍神、ノリはいいが、ちょっと軽そう。

「私のことを少し話しておこうか。私が住まうあたりの土地を貴船きぶねというが、我が社(やしろ)は同じ字だが、|貴船きふねと濁らない。澄んだ水の如くだ。前を流るる貴船川には冷たく清い水が流れているぞ」
「結構な水量で、勢いもあったと記憶していますが」
「夏の避暑地としても、古くから親しまれておる。竹本も京都人なら、一度くらいは行ったことがあるだろう」
「もちろんありますよ」
「境内には本宮、中宮(結社ゆいのやしろ)、奥宮がある。本宮には私が、奥宮には私の分身である闇龗神クラオカミノカミ玉依姫命タマヨリヒメノミコトが、そして中宮には月読の姪っ子、磐長姫がいる」
「分身がいらっしゃるんですね」
「私の別名として、高龗は山上の龍神で、闇龗は谷底の龍神といわれることもある。なぜ谷底の龍神と呼ばれているのかだけど、奥宮の下に龍穴があるからだろうなあ」

祭神は高龗神であり闇龗神であるといわれ、社記には『呼び名は違っても同じ神なり』と記されています。

「よく覚えてないけど、三社詣とかいわれていて参拝順も決まってるんだ」
「そうなのですね」
「私の記憶が正しければ、本宮から奥宮を回り、最後に結社という流れだったと思う。結社には縁結びの神の一面があるから、まず本宮でご挨拶、奥宮で悪いモノを祓ってもらって、結社で良縁を授けてもらうって流れなんじゃないの?」
それホントに正しいですか?

「ウチはさあ、島根の出雲大社いずもおおやしろ、石川の気多大社と並ぶ日本三大縁結び神社の一つらしいんだ。その縁結びの神が、月様の姪っ子の磐長姫だよ。まあ行くなら一度ちゃんと調べてから行けよ」
そんなにいい加減で、よく神が勤まりますねえ。

出雲大社を、ずっと『いずもたいしゃ』と読んだり、言ったりしていましたが、正しくは『いずもおおやしろ』というそうです。
覚え直さなきゃなりませんね。

日本三大縁結び神社は、京都・貴船きふね神社、石川・気多けた大社、島根・出雲大社をいうようです。
貴船神社の授与所で『結び文』に願い事を書き、結社に納めると、願い事が叶うとされています。
氣多大社では『ついたち結び』として毎月一日、事前予約は不要で受付時間内に行くだけで、国の文化財に指定されている拝殿で、無料の縁結びのご祈祷を受けることができます。
出雲大社は書く必要もないほどに、縁結びで有名です。
神在月には全国から神様が集まることでも有名です。
また境内には数十体の兎の石像があります。
探すのも一興ですよ。

「私は水の神だから清い水を好む。清い水のためなら空も飛ぶし、雨も呼ぶし、雷も呼べるぞ。だから雨乞いの祭りなどには重宝されとる」
「それがお役目ですよね」
「雷といえば、最近雷神と親しくてな、二人揃うと、とてつもない雷を起こせるぞ。やってみせようか?」
「ご勘弁を。建物も古いですし、何より室内ですから」
この龍神危ない。何を考えてんだ?

貴船神社は全国に四百社余り、また祭神が同じで「オカミ」を冠する神社は、二千社を超えるそうです。
創建は極めて古く、正確には分かりませんが、白鳳六年(六七七)に社殿造り替えの記録があります。
つまり、平安京ができる遥か以前より、社殿はあったということです。
現在鏡岩周辺は禁足地となっており、人間が立ち入ることは許されていません。

ある書によると、玉依姫命が『吾は皇母玉依姫なり。恒に雨風を司り以て国を潤し土を養う。また黎民の諸願には福運を蒙らしむ。よって吾が船の止まる処に祠を造るべし(わたくしは玉依姫。常に雨・風を司り国を潤し土を養っています。また一般の人々の願いには福運をもたらそうと思います。ですから私の船が止まるところに祠を造りなさい)』と宣り給い、清水の湧き出る龍穴に、ひとつの祠を建てたのが貴船神社の起源であると伝えられています。
また、玉依姫が乗ってきた船(黄船きふね)を隠したのが船形石といい、船舶関係者の信仰が厚いのも頷けます。

そもそも龍穴とは何でしょう?
パワースポットであることは間違いありませんが、気が山脈や水脈などから、吹き出している場所をいいます。
龍穴は大地のエネルギーを放出し、神様が棲む場所として昔から崇められてきました。

その龍穴にも日本三大があります。ホントに日本人は日本三大○○がお好きなようです。
一つ目は京都・貴船神社です。
龍神が祀られており、奥宮の下に龍穴があります。
鴨川の源流でもあります。
貴船には昔から「気生根きふね」という字が充てられています。
これは気が生まれる根源という意味です。
生粋のパワースポットといえるでしょう。
二つ目は奈良・室生龍穴神社です。
全国的にも珍しく、龍穴を祀っている神社で、遥拝所から直接龍穴を見ることができますが、大地のエネルギーの放出とは逆に清流が流れ込んでいます。
御祭神は高龗神と善女龍王ゼンニョリュウオウという仏教での龍を統率する女神です。
善女龍王とは、八大龍王ハチダイリュウオウの一尊である沙掲羅龍王シャカツラリュウオウの三女になります。
三つ目の備前龍穴は、りゅうごん様といわれ、雨乞いの神としての実力は本物のようです。
岡山・瀬戸内市の湯次ゆつぎ神社から延びる登山道の途中にあります。
現地に赴かれる時は、山の中なので、それに相応しい服装でお出掛けすることをお奨めします。

「ん? ちょっと待っててくれ」
突然月様の姿が消えた。
何が起こったんだ?
月様のアンテナに何かが触れた?

あっ戻った。

「何かあったんですか? 突然姿が消えたのでビックリしましたよ」
「済まない。今参拝に来た人間が、不穏な願い事をしていたので、罰を与えてきた」
「罰ですか?」
「そうだ。最終的には自分に権利のある、親の財産を使いたいから、親の死を願うという、とんでもなく罰当たりな考えだ。だから、参道を歩いている時に、上からどんぐりを落としてやった。脳天に当たり『イテッ』と言っていたから、罰当たりな考えに気がついたことだろう。今夜にでも夢の中に現れて、自分の考えを改めるよう導いてみよう」
「月様もやっぱり神様なんですね、そんな事ができるなんて」
「一応神のはしくれだからな。私のように、罰当たりな者には罰を与える神も、少なからずいるから、不穏な考えや願いは、神に言わないほうがいいと思うぞ。そもそも願い事はするなって、この前言ったよな」
「はい、確かに聴きました」
「そりゃいいな、私もけしからん奴には罰を与えてやろう。そうだ、そこで雷使えばいいんだ」
「いや、危ないですって」
この龍神、近いうちに絶対人を殺めるな。

「龍神悪いな。じゃあ話しを続けようか」
「ああ、龍の伝承は世界中にあるらしいが、日本を含め極東の龍は、正義や王者のシンボル的なものに対し、西洋での龍は悪者の代表みたいになっている。火を吹き、街を壊し、人を喰らう。ん? 人は喰らわないかも……。いややっぱり人を襲うよな。ん? あれは恐竜だったか? まあいい。とりあえず悪者だ」
心の声漏れすぎですよ。

「どうやらメソポタミアあたりから、西と東で別れるようだが、詳しくは知らない。もし分かったら教えてくれ」
ねえ龍様、いい加減すぎませんか?

西洋ではドラゴン、インドではナーガ、東洋では龍。そしてナーガと龍には翼がありません。

「ちょっと待てよ、西洋の龍は火を吹き、街を壊し、人を喰らう? 街を壊すのは楽しそうだが、存在を知られたりすると後々面倒だから、今はいいか。人を喰らうのもあんまり旨そうじゃないしな。でも最後の火を吹くってのは、楽しそうじゃんか。西洋の龍にできて、東洋の龍にできないことはないだろう。やったことないけど試してみるか?」
「いやいや、火を吹くなんて止めてくださいよ。さっきも言いましたけど、室内ですから」
「えっ? なんで知ってんの? 竹本は私の心が読めるのか?」
「何いってんですか。全部聞こえてましたよ。そんなことはご自宅に戻られてからやってください」
「もし出来たらどうする? 私の社が燃えてしまって、住むとこがなくなるじゃないか」
「ここで火を吹くなんてことをやられたら、私の住むところがなくなるんです。分かりますね?」
「わかった。そう、そうだよな。誰にも迷惑かからないとこで練習すればいいんだ。できるようになってから大々的にやればいいし」
「だからダメですって」
大丈夫か、龍神?

先に待ってるのは、放火犯? 殺人犯? 破壊魔? ついでに人も喰らう?

祓戸大神たち

 「貴船神社境内の静寂、ピーンと張り詰めた空気、来る者に首(こうべ)を自然と下げさせてしまうほどの威圧感。すべてお前からは想像できないな」
「そうか? そんなことはないと思うけどな。私にだって少しくらい威厳があるだろうよ」
「私はあの他を寄せ付けぬ静寂が好きだがな。お前のようにガサツで賑やかな者に、あの静寂が維持できるとは到底思えん。不思議だ」
「それはあれじゃないか? 私の出自じゃないのか? 月読のように、親から生まれてないんだよ私は。その他大勢と一緒に、加具土を殺害した剣に滴った血から生まれたんだぜ、だから躾がちゃんとできてないからじゃないのか? 誰でもいいから、ちゃんと親から生まれたかったなあ。今更いってもだけどな」
軽いと思ってたし、言ってることも無茶苦茶だけど、ここにも悩める神がいる。

「私だってちゃんとは生まれてないぞ。親はいるが父だけだしな。それも右目を洗った時に生まれたんだぞ。龍神とさほど変わらんと思うがなあ」
ここにもいた。
神は何から生れ出たかで悩むのかもしれないが、人は必ず母親から生まれるし、必ず父もいる。
死別するなど悲しいこともままあるだろうけれど、人は人からしか生まれない。
それだけでも喜ばしいことではないのか?
少なくとも、剣からや目を洗った時に生まれるなんてことはない。
その点だけ、人は神よりも幸せなのかもしれない。

「実はな、私もあの清浄さは不思議だと思っている。それに、なんか女性の神の気を感じるんだ。姿は見たことがないけどな」
「女性なら姪っ子じゃないのか?」
「違うよ。あの娘も縁結びの神だけあって、いい気を持っているが質が違う。もっと清らかでもっと鋭いんだよ」
「では玉依姫タマヨリヒメか」
「彼女とはよく一緒にいるが、彼女の気はもっと暖かく明るい」
神々の話を黙って聞いているが、神が放つ気にも色々あるんだということが分かる。
それは選んで出せるものなのか、それともそれぞれの神、固有のものなのか。

「どこからその気は出てるんだ」
「おそらく龍穴だ」
「ならやっぱり玉依姫だろ。彼女は奥宮にいるんだろ」
「そうだが、違う。なんというか冷たくて鋭くて、すべてが許されないような気だ。それが龍穴から出て境内すべてを覆っている。それだけなら身が引き締まるっていうか、ちゃんとしないといけないと思わせる程度なんだけど、おかしいなと感じたのは近年少しずつだが強く、さらに鋭くなっているような気がするってことだ」
「何年もかけて徐々にということか?」
「多分そうだろう。気が付いたのは数年前だけど、このまま強くなっていくと、近いうちに人間は立ち入れなくなるんじゃないかな」
「そんなにか」
「気自体は清浄ではあるし、負のエネルギーは感じないから、我々には問題ないが、どんなメッセージが隠されているのかは知る由もないし、感受性の強い人間なら、少し変調をきたすかもしれない。今でも奥宮周辺は空気が濃いとか、重いなんていわれているから」


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