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梅は咲いたか 桜はまだかいな 桃も色づく 花見ごろ

二〇二三年 二月


はじめに

この書を手に取っていただいたあなたは、なんと御奇特な方なのでしょう。どうもありがとうございます。
なんと、シリーズ十四作目ですが、まだまだ続く予定です。

ですが、前作同様、この書には悪者は出てきません。
殺人などの物騒な事件も起こりません。
詐欺などのややこしい事件も起こりません。
そこには日常の神や仏がいらっしゃるだけです。

今回は、えべっさんが主人公です。
私だけかもしれませんが、えべっさんには知らないことが沢山ありました。
意外な再会もあります。
どうぞお楽しみに。

また、この書は、神や仏を中心に書かれています。
神や仏のことには余り詳しくないんだという方々のために、神となった背景や係わった歴史の一場面などが書かれています。

場面は京都ですから観光案内書のような一面も併せ持っています。

また、この本の特徴として情景描写がほとんどありません。
会話が主です。
読まれた方が想像していただければ、それぞれの世界が広がるはずです。
神や仏に決まりきった世界は必要ないと私は考えています。

それでは、真面目だったり、ぶっ飛んでいたり、お転婆だったり、悩みを抱えていたりする神や仏の姿をご覧ください。
そして、それぞれの世界で神や仏と戯れてください。


京都ゑびす神社

 ここには私が知る限りの事実や不実が書かれています。
どうか鵜呑みにされませんように。


続けることは力となる……のか。
これまでずいぶん多くの神や仏と接してきた。

多紀理とも頻繁に話すようになってから早、半年が過ぎた。
次はどんな神や仏と巡り会えるのだろうかとか、どんな話しが聞けるのだろうかと、ワクワクする反面、どっぷり浸かり過ぎて、これは特異なことなんだという意識が薄れつつある。

本当に続けることは力となるのだろうか?

疑問には思いつつも、新しい神や仏との出会いを求めて、多紀理と二人でウロウロしています。


今日はこれから七福神巡りの続きで、京都ゑびす神社に向かう予定です。

   商売繁盛で 笹もってこい   商売繁盛で 笹もってこい
   お笹に吉兆 付けましょか   つけた吉兆 福の神

威勢がいいですよね。お祭りの時期なら賑わいが感じられるのですが……。

京都ゑびす神社の周辺には有名な寺社が数多くあるんですよね。
できれば今日は複数の寺社を巡りたいと思うんです。
だから行程が少々慌ただしいのです。

「今日これから行くのは、松ヶ崎の大黒さん、赤山禅院の福禄寿さん、東寺の兜跋毘沙門さんと、七福神巡りを続けてきた四番目、京都ゑびす神社です」
「はい。いよいよ折り返しですね」

「七福神の説明は前にしているけれど、覚えてる?」
「えっと、大黒さんと毘沙門さんと弁天さんがインドから来られた神様で、福禄寿さんと寿老人さんと布袋さんが中国から、ゑびすさんが唯一日本の神様でしたよね」
「さすが多紀理、神仏の世界のことだからよく覚えてるね。じゃあ、一つ豆知識を披露しましょう」
「何でしょうか」

「七福神は何故七人なのか」
「七難即滅七福即生じゃなかったのですか」
「それもあるけれど、竹林の七賢人に倣ったという考えもあるそうなんだ」
「何ですかその竹林の七賢人とは」
「晋の時代の中国の話なんだけど、社会情勢の変化や権力者への阿りなどを嫌った七人が隠棲して清談を行っていたのを言うんだけど、竹林にいたのかどうか、また七人が集まっていたのかどうかは分からないんだ。この件はたぶんに屏風に描かれたものが影響してるんじゃないのかな。因みに、阮籍げんせき嵆康けいこう山濤さんとう向秀しょうしゅう劉怜りゅうれい阮咸げんかん王戎おうじゅうの七人を言うんだけど、嵆康けいこうは時の権力者によって処刑されているんだ」

「ちっちゃな豆知識ですね」
「ちょっとむかつく。じゃあもう一つ、神仏混淆は分かるよね」
「はい。神道の奥ゆかしいところで、日本の神や仏も、外国の神や仏も、皆さん一緒ですよということでしょ?」
「簡単に済ませたね。その後、神仏分離や廃仏毀釈が行われた訳だけど、七福神のように神仏混淆の状態のまま、こんなに広まったのは、ほぼ唯一の例外なんだって」
「なるほど、そういわれれば確かにそうですね。これは不思議ですよね、これは豆知識に認定します。でもなぜ、神仏分離しなかったのでしょう」
「仮説でしかないけれど、この形態で広まりすぎていて、今更変更できる雰囲気じゃなかったんだと思うよ。きっと変更したとしたら、収拾がつかなかったんだじゃないかな。でもその混乱を乗り越えちゃうと受け入れてしまうのが日本人なんだけどね」

「それほどに民間に浸透していたと言うことですね」
「そうだね。以前に話したように、日本の神様だけの七福神とか、七福神でもメンバーが固まっていない時とかなら、神仏分離も有り得たんだと思うけれど、複数の神社や寺院に跨っていて、単体の神社や寺院をどうこうするというレベルじゃないから明治政府もちょっと遠慮したんじゃないかな」

「これは旦那様の仮設ですか?」
「今思い付いたんだ」
「思い付きの仮説にしては筋が通っているように感じますね」
「豆知識完了だね」
「それってアルファベット三文字で何と言いましたっけ、BBC?」
「それはイギリスの放送局だよ。滋賀県の放送局でもあるけどね」
「何でしたっけ?」
「QEDだろ? 証明完了ってことだよね」
「そうそう、QEDです」

「そんな大層なものじゃないよ。仮説を立てただけで、何かを証明した訳じゃないからね」
「そうそう、そんな大層なものじゃないですよね」

「ちょっとむかつく。じゃあさあ、多紀理は十日ゑびすって知ってる?」
「聞いたことがある程度です」

「一月の八日から十二日の間、京都ゑびす神社で行われるお祭りのことなんだけど、この大和大路通には屋台がいくつも出て、しかも九日から十一日の間は夜通しやっているから、今の静けさからは想像できないほど結構賑やかなんだよ」
「先月に終わっちゃっているじゃないですか」
「この付近は花街を含め夜の街が中心で、酔っぱらいの方が多いから、心配で連れて来られないよ」

「酔っぱらい程度ならわたくしは全然平気ですよ。父さまもよく酔っ払っていましたから。そういえば旦那様はお酒を召し上がりませんね」
「飲まない訳じゃないし、飲めない訳でもないけれど、無くても全然平気だよ」
「そうなのですね。じゃあ、旦那様が守ってくださるとか?」
「もちろん守ってあげたいよ。でも結構しつこい人もいたりするから大変なんだよ」
「大変なのは理解できます。母さまがいつも苦労されていますから」

「だから来年来るなら、昼間にするか、夜の景色も見せてあげたいから、夜の早い時間に来ようか。もっともコロナの影響がどれほどなのか分からないから、ちゃんと調べてからね」
「それなら雰囲気が少しは楽しめそうですね」

「端唄にも十日ゑびすのものがあるそうだよ」
「旦那様は端唄など歌えるのですか?」
「節(ふし)は分からないから、歌詞だけならなんとかなる」
「じゃあ、私の方が得意かもしれませんね」

「多紀理は端唄ができるの?」
「端唄が生まれた頃には、もういましたから」
「じゃあ、歌詞は教えるから、唄ってみる?」
「すぐにできるものじゃありませんよ」
「じゃあとりあえず歌詞だけね」

   十日ゑびすの売物は   ハゼ袋に取鉢・銭叺 
   小判に金箱・立烏帽子  茹蓮・才槌・束ね熨斗 
   お笹をかたげて千鳥足

「というんだけど、どう? 唄えそう?」
「ですから、すぐには無理ですってば」
「そうだよね、ごめん」

「ちょっと気になったのですが、歌詞の最後の千鳥足というのは酔客ということですよね」
「そうだね」
「神社へ参詣するのに、すでに酔っぱらっているということでしょうか? ちょっと不謹慎なのではと思ってしまいます」
「その考えはよく分かるんだけど、そこは商売の神様、あちこちのお店で千鳥足になるくらい、いっぱいお金を使ってから、参詣に訪れるのだから、大目に見てくださるんじゃないかな」

「玄界灘の沖ノ島では考えられません。お酒の匂いをさせて島に上がろうものなら、即刻海に突き落としてやりますよ」
「結構過激だね」


四条京阪の南座前から四条通を東へ進み、大和大路 (この通りは四条通を境に北は縄手通なわてどおり、南は大和大路やまとおおじと名前が変わる) を南へ下がります。 (京都は北へ行くことをあがる、反対に南へ行くことをさがるという。これ京都では常識)

十分ほど歩くと右手に京都ゑびす神社が現れます。
鳥居のある位置からグルッと見渡せるくらいの広さの神社です。

「今日の参詣はまずここ、、『京都ゑびす神社』なんだけど、正しくは『恵美須神社』と書くそうだよ」
「旧字の『ゑ』をわざわざ使われているのに、本当はこうですと言われましても……」
「そうだよね、どうせならどちらかに統一してくれればいいのに」

起源は建仁二年 (一二〇二) 、栄西禅師が建仁寺建立に先立ち、その鎮守社として建てられたのが始まりです。

「栄西禅師は当時の中国へ留学するんだけど、その行きの船に乗っている時、海が荒れるんだよ。そして禅師がお祈りすると、ゑびす神が舳先に現れ、荒れた海が静まったというエピソードがあるんだ」
「そのことを恩に感じて、ゑびす神社を建立したということですか。よくある話ですね」
「そんな簡単に一刀両断しないでよ」
「でも事実ですよね」

「栄西禅師の経験が事実なのか、よくある話だというのが事実なのか。難しいことになっちゃったな」
「話の腰を折ってしまいましたか」
「いいんだけどね」

主祭神は八代事代主神ヤエコトシロヌシノカミ大国主大神オオクニヌシノオオカミ少彦名神スクナヒコナノカミ
見覚えのある名前が多いですね。
皆さんお元気でしょうかね?

御利益は商売繁盛、家運隆昌、交通安全。

この御利益の商売繫盛の所以として、魚釣りの大好きなゑびす様が、獲った魚とお米などを物々交換で得られていたことから発展して、商売繁盛の守り神とされたとか。

家運隆昌は商売繁盛の結果ついてくるものでしょう。

ゑびす様は別名に『旅ゑびす』をお持ちです。
そこから交通安全も御利益とされたのでしょう。
先の栄西禅師のエピソードも、この御利益に一役買っているのかもしれません。


ゑべっさんは関西の方?

鳥居の正面に本殿が見えます。
鳥居を潜り直ぐ右手に烏帽子に狩衣姿で……胸がはだけている……少し服装は違うようです。
服はお召しのようですが、ほとんど裸のように見えるのは私だけでしょうか?
それに裸足のようですし。
ですが定番の右手に釣竿を持ち、左の小脇に鯛を抱え、にこやかに微笑む石像の……ゑびす様がおられる?

「ようお越し。お参りどすか?」

石像が喋った?

「ビックリしましたよ、急に石像が動きだすし、喋るんですから。ゑびす様ですね? 申し遅れました私は人間で竹本と言います。こちらは妻で天照大神と素戔嗚尊の長女で多紀理といいます。今は妻と二人で七福神巡りの最中です。こちらの祭神の大国主さんとも小さいおじ様、じゃなかった少彦名さんとも懇意にさせていただいています」

多紀理が満面の笑みを浮かべている。
妻という言葉を連発したからだろうな。
ホントに解り易い。

「ワテはそっちのお嬢はんに話しかけたつもりやったのに、あんさんはワテの声が聞こえますのか? 人間のあんさんに私が見えてますのか? 話も出来るってことは、どっちも問題ないってことですわなあ。こら驚きや」

多紀理がまた微笑んだ。
お嬢はんも効くのか。
もう一押ししておくか。

「何故か以前から神や仏の姿が見え、話もできるようになりました。妻も歴とした神ですからね。皆さんは不思議がっておられますけどね」
「他の神さんとも知り合いですかいな。そういやさっき親父様とも小さいおっちゃんとも懇意やていうてはりましたなあ。人間にもなかなかの御仁がいてはりますのやなあ」

コテコテの関西の方のようだ。
でも大国主さんの息子さんだから関西人のハズはないんだけどなあ。

「七福神巡りしてはんのやったら、ちょっとだけ説明させてもらいまひょか?」
「へえ、よろしゅうお頼申します」
「イントネーションが完璧や。大概がエセ関西弁やったり、エセ京都弁やったりで、うんざりしてますのや。あんさんも関西どすか?」
「へえ、京都どす」
「お仲間やおまへんか、ほんなら詳しゅう説明しなあきまへんな。ワテにまかしときなはれ。ほな行きまっせ」

私が京都人と分かった途端の手の平を返したような対応。
ゑびすさんが京都人のハズはないんだけどなあ。

偏見に聞こえるかもしれませんが作者も京都人です。
そして個人的ではありますが度々感じている印象です。
つまり、京都人は同じ京都人も含め、人には厳しいのですが、とりわけ京都以外の方には壁を作り、冷たい反応をしてしまうようです。
もちろん表面上は穏やかなのですよ。
裏と表の使い分け、本音なのかそうじゃないのか、正しいのか間違っているのか、巧妙な言い回しや態度に困ってしまうこともしばしばです。

真意を汲み取ることは京都人であっても至難の業ですから、無理に理解しようとしない方がいいのかもしれません。

それにしても軽妙な語り口調で、ゑびす神ご自身が説明してくださるなんて、楽しくなりそうだ。


「まずはワテのことをお伝えしときまひょか。ワテの親父様はあんさんもご存じの大国主命どす。おっかさんは神屋盾比売命カミヤタテヒメノミコトといいまんにゃけど、ご存じですかいな?」
「すみません。存じ上げません。初めてお聞きしたような気がします」
「そうでっしゃろなあ、地味なおっかさんやもんなあ。ワテには優しいんどすけどなあ。ほなワテの娘の話しまひょ。ワテの娘は初代神武天皇のきさきですねん。名前を媛蹈鞴五十鈴媛命ヒメタタライスズヒメノミコトといいますのやけど、知ってはりますか?」
「お名前だけはお聞きしたことがあります。娘さんが初代皇后なんですね。ということは事代主さんは初代天皇の義理のお父さまじゃないですか。すごいですね。これは自慢できますよ」

「何でワテが事代主やと知ってはんのや」
「ご祭神の三神のうち、二神は既に知り合いですから、残った神があなた」
「ワテのことを残り福みたいに言わはって、あんさんは面白おすなあ」
「それにしても神武天皇の義理の御父上とは、末代までの自慢ですね」
「そうでっしゃろ? わても鼻がたこうおます。ほんなら嫁はんのことはご存じどすかいな?」

「多分お名前くらいは。玉依姫タマヨリヒメでしたっけ?」
「惜しい。それは日本書紀だけどすわ。古事記では玉櫛媛タマクシヒメて言いまんねん。ほんで、お恥ずかしい話どすけど、ワテが通い詰めてようやっと妻になってくれはった最愛の嫁はんどすわ。別に何をやったちゅう訳やおへんのやけど、初代皇后の母として有名ですねんて。ワテは初代皇后の父として全然有名やおまへんのになあ」

「すみません。奥様の名前を間違ってしまって申し訳ありません。それにしても記紀の問題がここにもあるんですね」
「何ですの、そのキキの問題っちゅうのは」


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