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古事記百景 その二十

天石屋戸

是以八百萬神ココヲモテヤオヨロヅノカミ
於天安之河原アメノヤスノカハラニ
神集集而カムツドヒツドヒテ。…訓集云都度比…
高御産巣日神之子思金神タカミムスビノカミノミコオモヒカネノカミニ
令思而オモハシメテ。…訓金云加尼…
集常世長鳴鳥トコヨノナガナキドリヲツドヘテ
令鳴而ナカシメテ
取天安河之河上之天堅石アメノヤスノカワノカハラノアメノカタシハヲトリ
取天金山之鐵而アメノカナヤマノカンヲトリテ
求鍛人天津麻羅而カヌチアマツマラヲマギテ。…麻羅二字以音…
科伊斯許理度売命イシコリドメノミコトニオホセテ。…自伊下六字以音…
令作鏡カガミヲツクラシメ
科玉祖命タマノオヤノミコトニオホセテ
令作八尺勾璁之五百津之御須麻流之珠而ヤサカノマガタマノイオツノミスマルノタマヲツクラシメテ
召天児屋命布刀玉命而アメノコヤネノミコトフトダマノミコトヲヨビテ。…自布刀二字以音下效此…
内拔天香山之眞男鹿之肩拔而アメノカグヤマノマヲシカノカタヲウツヌキニヌキテ
取天香山之天波波迦而アメノカグヤマノハハカヲトリテ。…自波以下三字以音木名…
令占合麻迦那波而ウラヘマカナハシメテ。…自麻下四字以音…
天香山之五百津眞賢木矣アメノカグヤマノイホツマサカキヲ
根許士爾許士而ネコジニコジテ。…自許下五字以音…
於上枝ホツエニ
取著八尺勾璁之五百津之御須麻流之玉ヤサカノマガタマノイホツノミスマルノタマヲトリツケ
於中枝ナカツエニ
取繋八尺鏡ヤタカガミヲトリカケ。…訓八尺云八阿多…
於下枝シヅエニ
取垂白丹寸手青丹寸手而シラニギテアヲニギテヲトリシデテ。…訓垂云志殿…
此種種物者コノクサグサモノハ
布刀玉命フトダマノミコト
布刀御幣登取持而フトミテグラトトリモチテ
天児屋命アメノコヤネノミコト
布刀詔戸言禱白而フトノリトゴトネギマヲシテ
天手力男神アメノタヂカラヲノカミ
隠立戸掖而ミトノワキニカクリタタシテ
天宇受売命アメノウズメノミコト
手次繋天香山之天之日影而アメノカグヤマノアメノヒカゲヲタスキニカケテ
為𦆅天之眞拆而アメノマサキヲカヅラトシテ
手草結天香山之小竹葉而アメノカグヤマノササバヲタグサニユヒテ。…訓小竹云佐佐…
於天之石屋戸伏汙氣此而アメノイハヤドニウケフセテ。…自汗以下二字以音…
蹈登杼呂許志為神懸而フミトドロコシカムガカリシテ。…自登以下五字以音…
掛出胸乳ムナチヲカキイデ
裳緖忍垂於番登也モトモヲホトニオシタキ
爾高天原動而カレタカマノハラニスリテ
八百萬神共咲ヤホヨロヅノカミトモニワラヒキ

於是天照大御神以為怪ココニアマテラスオホミカミアヤシトオモホシテ
細開天石屋戸而アメノイハヤドヲホソクニヒラキテ
内告者ウチヨリノリタマヘルハ
因吾隠坐而アガコモリマスニヨリテ
以為天原自闇アマノハラオノヅカラクラク
亦葦原中国皆闇矣アシハラノナカツクニモミナクラケムトオモフヲ
何由以天宇受売者ナドテアメノウズメハ
為樂アソビシ
亦八百萬神諸咲マタヤホヨロヅノカミモロモロワラフゾトノリタマヒキ
爾天宇受売スナハチアメノウズメ
白言益汝命而貴神坐故歓喜咲樂ナガミコトニマサリテタフトキカミイマスガユエニエラギアソブトマソシキ
如此言之間カクマヲスアヒダニ
天児屋命布刀玉命アメノコヤネノミコトフトダマノミコト
指出其鏡カノカガミヲサシイデテ
示奉天照大御神之時アマテラスオホミカミニミセマツルトキニ
天照大御神逾思奇而アマテラスオホミカミイヨヨアヤシトオモホシテ
稍自戸出而ヤヤトヨリイデテ
臨坐之時ノゾミマストキニ
其所隠立之天手力男神ソノカクリタテルタヂカラヲノカミ
取其御手引出ソノミテヲトリテヒキイダシマツリキ
即布刀玉命スナハチフトダマノミコト
以尻久米繩控度其御後方シリクメナワヲソノミシリヘニヒキワカシテ。…自久以下二字以音…
白言從此以内不得還入ココヨリウチニナカヘカエリイリマヲシキ
故天照大御神出坐之時カレアマテラスオホミカミイデマセルトキニ
高天原及葦原中国タカマノハラモアシハラノナカツクニモ
自得照明オノヅカラテリアカリキ

於是八百萬神共議而ココニヤホヨロヅノカミトモニハカリテ
於速須佐之男命ハヤスサノヲノミコトニ
負千位置戸チクラノオキドキヲオホセ
亦切鬚マタヒゲヲキリ
及手足爪令拔而テアシノツメヲモヌカシメテ
神夜良比夜良比岐カムヤラヒヤラヒキ


八百萬神やおよろずのかみはこの事態に困り果て、天の安の河原に神々が集まり、話し合いましたが、結論を導き出すことができず、高御産巣日神たかみむすひのかみの子の思金神おもいかねのかみに相談することになりました。

そこで思金神おもいかねのかみは賑やかなお祭りを計画されます。

まず初めに常世とこよ長鳴鳥ながなきどりが集められ、一斉に鳴かされました。

それから天の安の河の河上のあめ堅石かたしはを採取し、さらにあめ金山かなやまの鉄を採取し、鍛冶屋を求めて、伊斯許理度売命いしこりどめのみことに鏡を作らせ、また玉祖命たまのおやのみこと八尺勾玉やさかのまがたま五百津いおつ御須麻流みすまるの珠を作らせました。

そして天児屋命あめのこやねのみこと布刀玉命ふとたまのみことが呼ばれると、あめ香山かぐやまの男鹿の肩の骨を抜き取り、波ゝ迦ははかの木を取り、骨を焼いて占うところからお祭りが始まりました。

あめ香山かぐやま五百津真榊いおつのまさかきを根許から掘り出し、上の枝には八尺勾玉やさかのまがたま五百津いおつ御須麻流みすまるの珠を飾り、中ほどの枝には八尺鏡やたのかがみを飾り、下の枝には麻やこうぞでできた布などを垂らし、種ゝに飾られた見事な御幣を布刀玉命ふとたまのみことが取り持ち、天児屋命あめのこやねのみことみことのりを奏上されます。

天手力男神あめのたぢからおのかみ天照大御神あまてらすおおみかみがお隠れになった石戸の脇に控えます。

天宇受売命あめのうずめのみことはあめ香山かぐやま日影蔓ひかげかずらを襷にかけて、天之真析あめのまさきの蔓を髪に飾り、あめ香山かぐやまの笹の葉を結った物を手に持ち、桶をせて踏み鳴らしながら踊り始めます。

次第に高揚し、遂には神懸りした天宇受売命あめのうずめのみことはは胸元も露わに、裳の緒を陰部のところまで引き下げてしまいました。

これには八百萬やおよろずの神々も驚き、高天原中が笑いに包まれたようでした。

外の賑やかさを不審に思われた天照大御神あまてらすおおみかみは、天石屋戸を細目に開き、外の様子をご覧になるのです。

『わたくしはここに隠れているのだから、高天原も葦原中国もみな暗闇のはずなのに、どうして天宇受売あめのうずめは楽しそうに舞い、八百万の神たちは笑っているのかしら』

そのつぶやきには天宇受売命あめのうずめのみことはがお応えになります。

『あなた様より尊い神がおいでになります。ですから私たちは喜び楽しんでいるのです』

その言葉の間に、天児屋命あめのこやねのみこと布刀玉命ふとたまのみことは細く開けられた隙間に八尺鏡やたのかがみを差し入れ、天照大御神あまてらすおおみかみに鏡をお見せします。

天照大御神あまてらすおおみかみはご自身と同じような方がそこにいらっしゃるのをご覧になり驚かれました。

そして、外を伺おうとされた時、石戸の脇に控えていた天手力男神あめのたぢからおのかみがその手を掴み外へ引き出し、すかさず布刀玉命ふとたまのみことが洞窟の入り口に注連縄しめなわを張り、『これより内に還ることは叶いません』と宣言されました。

天照大御神あまてらすおおみかみがお出ましになったことで、ようやく高天原と葦原中国に明かりが戻ったのでした。

元々速須佐之男命はやすさのおのみことの悪態が原因であり、八百萬やおよろずの神が話し合われた結果、速須佐之男命はやすさのおのみことにはひげを切り、手足の爪を剥ぎ、高天原から追放してしまいます。


※高御産巣日神は、別天神の中でも、造化の三神の一柱です。
※思金神は知恵と思慮の神と言われています。
※常世とは常世国とも言い、海の彼方にあると考えられている国です。
※長鳴鳥とは鶏のことです。では何故鶏なのでしょう?鶏はいつ鳴きます
 か? そう、朝です。つまり鶏が鳴くことで、朝の到来を促すという呪
 (まじな)いのようなものです。
※天の堅石とは鉄を鍛えるためのとても硬い石だと言われています。
※天の金山とは高天原にある鉱山のことと言われています。
※五百津とは「多くの」とか「立派な」などの意味で使われるようです。
※八尺鏡は大きな鏡で、先程伊斯許理度売命が作った物です。
※天手力男神は力自慢の神です。
※裳とは下半身を覆う袴のような着物のことです。裳の緒とは袴を結ぶため
 の紐状のもののことです。


「太安万侶です。今回のゲストは須佐之男君と素晴らしい踊りを披露された天宇受売命さんです。まずは須佐之男君から」

「この騒動の間はどこにいたの」
「お姉さまのお家で大人しくしていましたよ」

「高天原から追放になっちゃったね」
「騒動の大きさを考えれば、妥当な判断だと思います」

「意外と冷静だね」
「僕は高天原を去りますから問題ないのでしょうが、今回のことではお姉さまに多大な迷惑をかけてしまいました。ですから、今後のお姉さまの立場が心配です。せっかく高天原に君臨していたお姉さまに傷をつけてしまいましたから、微妙な立場に追い込まれないことを願うしかありませんが」

「天照ちゃんにとっては痛恨事だったかもしれないね。でも彼女は頭がいいから、きっと切り抜けられると思うよ」
「お言葉ですが、お姉さまは天石屋戸で鏡を見せられて、自分と同じような方がいると思われたそうじゃないですか。その方を見ようとした時に、あの天手力男の馬鹿力に引っ張り出されたのでしょ? それはちょっと抜けてませんか? お姉さまらしからぬ行動なのではないかと、危惧しています」

「そう言われればそうかも。普段あれだけ正確な物言いをされているのとは少し印象が違うよね」
「だから心配なんですよ。反対派に足元を掬われなければいいんだけど」

「騒動の張本人の言葉としては不当だね。さてお待たせしました天宇受売命さん」
「こんにちは」

「素晴らしい踊りを大勢の方の前で披露されて、周囲の反応は変わりましたか」
「あなたはご覧になりました?」

「残念ながらその場にはいなかったんですよ」
「物凄い盛り上がりで、あたしも相当興奮してたと思うんだ」

「ほとんど裸に近いような有様だったとか」
「あたし的には全部脱いじゃっても良かったんだけど、それじゃあ催しの趣旨が変わっちゃうでしょ、だからチラリズムでいくことにしたんだ。でも結果的にはそっちの方が受けたみたいだけどね」

「なるほど興行的判断が、より盛り上がる方に行ったということですね。それで周囲の反応は?」
「二分するわね。一方は大絶賛よ。こっちの方が若干多いかもしれない。もう一方ははしたないって意見が大半ね。そりゃそうよね、顔すらもまともに見てはいけないような日常がいきなり裸だもんね。その反応は的を射てるよね」

「冷静に判断されているようですけど、あなたご自身には変化はありませんか?」
「実はね、あの盛り上がりが忘れられなくてさ、家の近所で踊ってみたりしてるんだけど、盛り上がり方が全然違うのよね」

「近所で踊ってるって、裸同然で?」
「そんなはずないでしょうが」

「そうでしょうね」
「ねえ、教えてほしいんだけど、どうしたらもう一度あの盛り上がりが経験できるのかしら」

「須佐之男君にもう一度問題を起こしてもらいますか?」
「それは違うんじゃないかなあ」


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