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五月晴れには 鯉のぼりかな 元気に泳げば 風がよろこぶ

二千二十二年 五月

はじめに

この書は完成品の一部抜粋です。
シリーズ四作目です。

ですが、前作同様、この書には悪者は出てきません。
殺人などの物騒な事件も起こりません。
詐欺などのややこしい事件も起こりません。
そこには日常の神や仏がいらっしゃるだけです。

今回は、皆さんがよく知る神様が主人公です。

また、この書は、神や仏を中心に書かれています。
神や仏のことには余り詳しくないんだという方々のために、神となった背景や係わった歴史の一場面などが書かれています。

場面は京都ですから観光案内書のような一面も併せ持っています。

また、この本の特徴として情景描写がほとんどありません。会話が主です。
読まれた方が想像していただければ、それぞれの世界が広がるはずです。
神や仏に決まりきった世界は必要ないと私は考えています。

それでは、真面目だったり、ぶっ飛んでいたり、お転婆だったり、悩みを抱えていたりする神や仏の姿をご覧ください。
そして、それぞれの世界で神や仏と戯れてください。

八坂神社

 ここには私が知る限りの事実や不実が書かれています。
どうか鵜呑みにされませんように。

青空が清々しさを感じさせる季節になった今日この頃。
突然小さいおじさん、いや少彦名神がもう一人の神と一緒に我が家を訪問された。

「よお、久しぶりじゃんか、元気にしてたか? あのおっさん最近来てる? 何かと小言が多いだろ? 困った奴だよな。」
「少彦名神、お元気でしたか?」
「外は天気いいけど、何してたんだ? ちょっと寄ってみたんだけど今暇か? 今日は他でもない、お前面白いヤツだからさ、俺の親友に会わせてやろうと思って連れて来たんだ」
私のどの部分が神にとって面白いのか? ちょっと分からないなあ。

「どちらの神ですか?」
「祇園の八坂さんで一緒なんだよ。二人でよく祇園のお茶屋界隈をウロウロしたもんさ。俺が歴史に登場してからずっと一緒の古くからの仲間でさ。大国主命オオクニヌシノミコトっていうんだ」

八坂神社は京都の中でもかなり有名ですから、一度は訪れたことのある方も多いのではないでしょうか。
四条通を東に向かいどんつき(関西の方言で『突き当たり』の意)にある、平安京ができる以前からある古社が八坂神社です。
祇園さんの呼び名でも人々に親しまれています。
この神社の祭礼である疫病鎮めの祇園祭は、日本三大祭りに数えられ、世界的にも有名ですよね。
こちらも見られた方は多いのかな?
またコロナ禍で疫病鎮めの御利益は再注目されているのじゃないでしょうか?
八坂神社の本殿の下には龍穴があり、今は池になっているといわれています。
そして現在は漆喰で固められ、龍穴の様子を知ることはできないそうですが、龍穴を塞いでしまって大丈夫なの?
境内には数多くの摂社・末社があり、その中の一つに本編主人公の大国主社があります。
また疫神社(蘇民将来社)があるのは八坂神社ゆえでしょうか。

これは知らない方が多いかもしれませんが、良く写真などで見かける四条通から見える入り口、東大路通に面した西楼門は表参道ではないんです。

清水寺から高台寺を抜け、石塀小路から続く石畳の道はとても風情があり、これぞ古都という感じがしませんか?
その先に石鳥居のある南楼門が見えます。
これが実は表参道なんですね。
今は周辺にお店もあり賑やかなイメージですが、昔はもうちょっとひっそりしていたような印象があります。

また、四条寺町、四条通に面した南側に四条センター『Otabi Kyoto(御旅京都)』の土産物店を挟むように御旅所『東御殿』と『西御殿』があります。
主祭神は中御座に素戔嗚尊スサノオノミコト
東御座の奥様は三人いらして、櫛稲田姫命クシイナダヒメノミコト神大市比売命カムオオイチヒメノミコト佐美良比売命サミラヒメノミコトが仲良く鎮座されています。
西座には御子神である八神、八島篠見神ヤシマジヌミノカミ五十猛神イタケルノカミ大年神オオトシノカミ大屋比売神オオヤヒメノカミ抓津比売神ツマツヒメノカミ宇迦之御魂神ウカノミタマノカミ大屋毘古神オオヤビコノカミ須勢理毘売命スセリビメノミコトと、奥様の一人である櫛稲田姫の父母(父母とあるが名前は一つしかない)稲田宮主須賀之八耳神イナダノミヤヌシスガノヤツミミノカミが祀られています。

因みに、奥様のお一人、佐美良比売命はほとんど記述が見つからない謎の神です。
また第一から四までの御子は櫛稲田姫命が、第五・六御子は神大市比売命が、第七・第八御子は佐美良比売命がそれぞれ母であるとされています。

八坂神社の説明にずいぶん割いてしまいましたね。また観光案内のようにもなってしまいました。
堪忍どすえ。それではお待ちかね本編の始まりです。

悩めるダイコク

 「こんにちは。私は人間で竹本と申します。大国様ダイコクサマにお目にかかれるなど幸せです」
「やっぱ俺帰るわ」
急に不機嫌な顔になった。どうしたんだ? 私が神を怒らせてしまったのか?

「どうしたんだよ」
「お前が来たいって言うからついて来たけどさ。こいつも勘違い野郎じゃねえか」
やっぱり怒らせたんだ。何が悪かったんだ?

「相変わらずだなあ。こいつ全然ピンと来てないぜ。意味不明って顔してるじゃん。ちゃんと説明してやれよ。こいつは結構話せる人間だぜ。俺たち神のこともそれなりに詳しいし」
「俺たちに詳しいって? これでか? それに説明なんて面倒だしヤダよ」
理解できていない。
大国主オオクニヌシってダイコク様だろ?
違うのか?
ちゃんと理解しないと話が先に進まない。
どうすればいい?

そうだ。
ダイコク様について知ってることを並べ立ててみようか。
そうすれば何が間違っているのか分かるかもしれないしな。

「あのーすみません。ちょっと待ってください。大国主命オオクニヌシノミコトってあの因幡の素兎しろうさぎの?」
「うーん。事実はちょっと違うが、まあそうだ」
「打ち出の小槌を持っている?」
「違う」
「じゃあ米俵の上に乗っている?」
「それも違う」
「えっ? 違う? じゃあ、出雲大社の?」
「そうだ」
「お兄様たちに殺された?」
「そう」
「焼き殺されたんでしょ?」
「一回はな」
「母上様の願いで復活された」
「そう」
「何度もお兄様たちに殺された?」
「そう、二回な」
「その度に母上様に助けられた?」
「そうだよ」
堅州国かたすくにに行ったんですよね?」
「そうだ」
「素戔嗚尊に意地悪された?」
「うーん、意地悪とはちょっと違う気がするが、まあそうだ」
八神姫ヤガミヒメを娶ろうとした?」
「そうだ」
「でも素戔嗚尊の娘を嫁にした?」
「棘があるな。でもそうだ」
「女泣かせの?」
「はあ?」
「たくさんの彼女と奥様がいらっしゃるんでしょ?」
「それはそうだ」
「葦原中国を造った?」
「そうだ」
「国譲りの?」
「そう」
「ダイコクサマでしょ?」
「違ーう!」
何が違うんだ???

「ハハハ、なんだい、その掛け合い漫才みたいなの。結構息があってるんじゃないの」
「うるさいなあ。まったく変な掛け合いさせやがって、よくあれだけ並べられたものだ。ちょくちょくイラっとする言葉もあったけど、俺のことはよく知ってるんだろうなと感じた。チビ助が言うように俺たちのことに詳しいのかもな。それにそこそこ話ができる奴だっていうのは分かった」
笑顔とまではいかないが、ちょっと顔が緩んだようだ。

「だろ? だからちゃんと話してやれよ」
「そうだな。面倒だけど暇だしな。ちょっと話してやるか」
「そうしろ。俺も聞いてるからさ」
「おう。まずさっきお前が言ったことの大半は、確かに俺の事だ。部分的には異論を挟みたい事柄もあるし、イラッとした……、おい、女泣かせってなんだよ。泣かされてんのは俺の方だと思うぜ。多くの妻と子がいるんだ、どれだけ維持費がかかってると思ってんだよ。お前に文句言っても仕方ねえけどな」
「すみません。そんなつもりはなく、大勢の女神と関係を持たれているから、中には泣いてる神もいるだろうと軽い気持ちで……」
「もういいよ、残念だし、本意ではないけど、それはいるかもしんねえもんな」
「皆さんと連絡取られたりされてるんですか?」
「折に触れて、連絡したり、連絡が来たりな。でもよう、妻も子供も数が多いからさ、ずいぶんご無沙汰のヤツもいると思うよ」
「それは大変ですね」
でも自業自得でしょ? これは声に出して言えないな。

「実は子供は皆独立してるし、別の国にいる妻もいるから、今はそんなに維持費はかかってないんだ。大声出して悪かったな」
「正直な方なんですね」
「竹本、こいつは、それだけが取り柄だよ」
「うるせえ、さあ話を続けるぞ。さっきの掛け合いで、絶対的に違うのはダイコク様ってとこだ。ここがきもなんだが順番に説明しようか?」
やっぱりダイコク様は間違いなのか?
「はい。お願いします」

オオクニヌシの事績を追う

 「まず因幡いなば素兎しろうさぎの話だけど、なんであんなに大層な話になったんだか、よく分からねえんだが、ホントはちょっと傷付いてたウサギを助けただけなんだ。なんで傷付いてたのかは知らねえけど可哀想だろ? だから傷の手当てをしてやっただけなんだ。兄貴たちが酷いことしたって聞いてたから、罪滅ぼしの意味もあってな。でも助けた素兎が兄貴たちに酷い目にあった兎かどうかは分からないけどな」

ある書によると、兎や鹿などの一件弱そうに見える動物が、知恵を使ってワニやサメの背中を渡り、川や海を越えたという話しは、東南アジアあたりにもあるといわれています。
古事記の作者が当時それを知っていたかどうかは分かりませんが、同様の物語が海を越えて存在するということは、ちょっとファンタスティックでドラマチックですね。

また、素兎は、最後の最後に、あなたたちを利用して背中を渡ってきたことを告げ、嚙まれて皮を剥がれるのですが、その兎を噛んだのは、果してワニかサメかと論争があるようです。
恐竜が跋扈する時代なら、ワニのような生き物がいても不思議はないのでしょうが、そうするとその時代に大国主が出現しなければなりません。
あまり想像できないですね。
いくら大昔のことであっても、日本海沿岸に鰐がいることは考えにくく、日本海の西の方では鮫のことをワニと呼ぶこともあり、今では鮫だと考えられているようです。
一方で海神のことをワニと呼ぶという説もあり、結論は出ていません。
まあ海神の背中を橋代わりに使うというのも考え難いし、海神が噛んだというのもちょっと無理がある気がするのですが……。

また荒唐無稽な話として素兎はウサギではなく、エイリアンだったという説もあります。
エイリアンの提案や助言もあって葦原中国を完成させたといわれているようです。

「大袈裟に伝わったものだから俺としては迷惑してるよ」
「でもされた行いは素晴らしいんだから少しくらい、大袈裟に伝わってもいいんじゃないですか?」
「そういうわけにはいかないだろ。俺は神だぜ。誇張があったらマズくないか?」
「いやいや、神様の話って基本的に誰も本当のことは知らないわけだし、作り話もあるだろうし、嘘とは言いませんけど、誇張もされているんじゃないですか。私はずっとそんな感じで思っていましたよ」
「正直さには拘りたいんだよな。それが信条というかさ。だから今更言っても仕方ないけどさ、正直に書いてほしかったんだよ。」

「例えば、出雲の国引き神話なんて、何の比喩なのか分かりませんが、誇張以外の何物でもありませんよ。もし国引きが事実なら、『この土地は元々儂たちの物だから返せ』と隠岐や越や新羅の方から言われても知りませんよ。隠岐や越なら国内問題ですけれど、新羅から言われると国際問題ですからね」
「それは私の問題ではない」
「知ってます。それよりも誇張があっても不思議じゃないって話ですよ」
「私の意見は少し違うが、でもまあお前がそう言うならこの場はいいだろう。先へ進もうか」
こだわりの強い神なんだ。

「私の妻の話をしよう。素戔嗚尊の娘の須勢理毘売スセリビメは、正妻という形になっているが八神姫も妻にしている。もちろん子もいる。ほかにも数人妻がいるし子もいる。あの頃は一夫一婦制ではなかったから、私の行為に問題はない、と思ってる。ただ須勢理は嫉妬深いから、ちょっと大変なこともあったけどな」
高志国こしのくににも行かれたんですよね?」
「行ったぞ。美人がいるって聞いたからな。お前も美人がいると聞けば見に行ったり、あわよくば自分のモノにしたいと思わないか?」
「それにはお答えしづらいですが、そもそも高志国ってどこですか?」
「高志国(日本書紀では越国)は今でいうと、福井県から新潟県に渡る日本海側の地域に当たる。後に分割され都に近い方から越前、越中、越後などとなる。分かりやすいだろ?」
「そこにも奥様がいらっしゃいますよね?」
「さっき言った美人の奴奈川姫ヌナカワヒメだな。高志国の姫だ。お前知ってんのか? 元気にしてるか?」
「いえいえ、お会いしたことはありませんよ。」
この神は私をいくつだと思ってるんだ?
「なんだそうか。てっきり知り合いだと思ったよ。彼女とは、歌を贈って、歌を返されてというところから始まるんだ」

『八千矛の 神の命は 八島国 妻娶きかねて 遠々し 高志の国に 賢し女を 有りと聞かして 麗し女を 有りと聞こして さ呼ばひに 有り立たし 呼ばひに 有り通はせ 太刀が緒も 末だ解かずて 襲衣をも 末だ解かねば 嬢子の 寝すや板戸を 押そぶらひ 我が立たせれば 引こづらひ 我が立たせれば 青山に 鵼は鳴きぬ さ野つ鳥 雉は響む 庭つ鳥 鶏は鳴く 心痛も 鳴くなる鳥か 此の鳥も 打ち止めこせぬ いしたふや 天馳使 事の 語りごとも 此をば』

なんと、求婚に行ったはずが、奴奈川姫の家の戸をガタガタと揺すり続け、まるで押し込み強盗のような振る舞いです。
姫は、すっかり怯えてしまいます。
そして返歌が来ます。

『八千矛の 神の命 萎え草の 女にしあれば 我が心 浦渚の鳥ぞ 今こそば 我鳥にあらめ 後は 汝鳥にあらむを 命は な殺せたまひそ いしたふや 天馳使 事の 語り言も 此をば」

『私はあなたの物になりましょう。ですから殺さないでください』ですって。
どれだけビビらせてるんだよ。
ちょっとイメージ変わっちゃうなあ。
そしてさらに姫からもう一歌。

『青山に 日が隠らば ぬばたまの 夜は出でなむ 朝日の 笑み栄え来て 栲綱の 白き腕 沫雪の 若やる胸を そ叩き 叩き愛がり 真玉手 玉手差し枕き 股長に 寝は宿さむを あやに な恋ひ聞こし 八千矛の 神の命 事の 語り言も 此をば』


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