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5時半に起きたら甲子園に行けた!嘘だと思う本当の話。

『みやざき中央新聞』は全国の価値あるセミナーを取材した中から、
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いよいよ19日から始まるクライマックスシリーズ!6年ぶりに巨人が進出を果たしましたね。今回は元読売巨人軍投手の桑田真澄さんのお話です♪

起き上がることが大切
~努力することが楽しくてしょうがない~

                  元読売巨人軍投手 桑田真澄さん

 僕は大阪育ちですが小学生の頃から巨人ファンでした。甲子園球場に試合を観に行って「僕も王選手と同じユニホームを着たい!」と思ったのがきっかけでした。

 それから外で遊ぶ時はもちろん、家にいる時もグローブとボールをいつも持っていました。「どこに行っても野球」の少年時代を送っていました。

 僕は勉強が全然できませんでした。6年生の時、母から「将来どうするの?」と聞かれ、「PL学園に行って早稲田に行って巨人に入る。そしてエースになる」と言いました。すると母に「野球だけじゃなくて勉強ができないと入れないよ」と言われました。

 それで中学に入ってから勉強をやり始めました。最初のテストの成績は230人中220番でした。

 その時に思ったんです。「俺ってすごいな!」って。小学校で全然勉強してなかったのに、中学でちょっと勉強しただけでこんな成績を取れたんですから。

 もしその時、「努力しても俺ってダメだな」と思っていたら、おそらく今の僕はなかったでしょう。それから僕は勉強をするようになりました。

 次のテストでは180番に上がり、次は150番、120番と、どんどん成績が上がっていきました。

 たとえ少々悪い点数を取っても、「俺はできる! 今回は勉強のやり方を間違えただけ。違う方法でやればまた上がれるはず」と考えました。

 その時に僕の頭の中にあったのが「だるまさん」でした。倒されても倒されてもまた起き上がる。「倒れることがダメなんじゃなくて、起き上がることが大切なんだ」とその時に考えたのです。

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 野球の練習は、学校に行く前と部活が終わってからも1人でやっていました。中学1年の夏にはエースの背番号をもらいました。大会ではほとんど優勝し、念願だったPL学園に入りました。

 でもPL学園には全国からすごい選手が集まってきます。みんなの練習を見ながら、「レギュラーなんて取れんわ」と思いました。

 5月になると練習にもついていけなくなりました。寮生活も厳しいし、先輩も厳しい。野球部を辞めようかとも思いました。

 母に相談したら、「自分が行きたくてPLに入ったんやろ。補欠でもいいじゃない。その中で何かを学べばいいのよ」と言われたんです。

 その一言が胸に突き刺さり、「やれることはまだある」と考えるようになりました。

 1年生は朝6時起床でした。ですから5時半に起きて何かしようと思い、トイレ掃除とグラウンドの草取りをしました。

 野球とは関係ないことですが、すぐくじけてしまう自分が情けなくて、「もう一回心から鍛え直そう」と思ったんです。

 その後しばらくして気付いたら、僕は甲子園のマウンドに立っていました。嘘だと思うでしょ?本当なんですよ。 

 つまり努力し続けると、ある時神様がポンと背中を押してくれたり、手を引っ張ってくれたりするんです。

 それに、最大限努力をしていると、結果が悪くても後悔しません。「あれだけやったのにダメだったか」という思いが湧いてくるだけです。

 僕は結果が全てのプロ野球の世界で22年間現役を続けてきましたが、やっぱり大事なのは「結果」よりも「過程」だと思っています。

 どれだけ自分で努力し、どれだけ自分で考え、行動したか、です。結果は、自ずとそれに付いてきます。だから僕は努力することが楽しくてしょうがないんです。
             (みやざき中央新聞 2008年2月11日号より)

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