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両立できる? フルーティストが能楽師に弟子入りしてわかった事②

音楽の事を様々な角度から探求するトーク番組「フルートカフェ」へようこそ。生命の息吹を伝えるフルートの音色と共に、無意識の世界に広がる壮大な冒険へ一緒に参りましょう!

このシリーズはスタンドFMとYoutubeと両方でも配信しています。

フルーティストが能楽師に弟子入り!

今回のタイトルはフルーティストが能楽師に弟子入りして分かった事。実は私は2019年より能楽師の一噌幸弘先生の所で能管を習っています。前回のフルートカフェで、能管を知るきっかけとなった民俗神楽、それから一噌幸弘先生との出会いについてお話しました。

運命的に一噌先生の所へ弟子入するのですが、能楽の世界はフルーティストの視点から見て、面白い所がたくさんあったので、今日はいくつか紹介したいと思いす。
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笛がリズム!

能楽を学んで一番面白いと思うのは、笛がアンサンブル(能楽囃子)の中の司令塔になっているという事。「呂中干干の中 」という同じフレーズを繰り返す場面が頻繁に出てくるのですが、この繰り返すリフで、全体のタイム感をコントロールしているのが笛なんですね。

これは、西洋クラシックには全くない発想。ジャズのアプローチだとフルートでリズムを出したり、タイムをコントロールしたい場面があるのですが、楽器のパワー不足というか、そもそも構造に合っていないので、どうしても限界があります。能管は最初からリズムをつくる、全体をリードする役割がある、という事で、この事がわかった時、やっとずっとやりたいと思っていた事が無理なく出来る、という喜びがありました。

一度でも、本質を体感すると、それを別の場面に転写できます。今は能管で掴んだエネルギーをフルートに転写して、色々新しい試みを行なっています。

ただ、実際に吹いてみた感触としては、感覚的な話ですが、フルートは天からの声なのに対して、能管は大地、地の底のから響きのようなパワフルなエネルギーがあります。能管は天、宇宙、神様まで届くような「ヒシギ」という音もあります。
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高い音が怖くなくなる

フルートは繊細なテクニックが要求される楽器ですが、特に高い音は唇のコントールやしっかりした腹筋の支えなどが重要になってきます。音程を正確にとったり、パワーだけで出して、耳障りの悪い音にならないよう、的確にコントロールします。そのため、高い音を出す時は緊張感があるのですが、能管に取り組むようになってから、能管の方があまりに音が高く、ガンガン吹くので、それに比べたら、フルートの高音のキンキンは全く問題ではないと思うようになりました。

実際、恐る恐る吹くよりも、しっかり吹き込んだ上でコントロールしやすいです。フルートの限界をこえるアプローチを体感した事で、フルートの限界が余裕を持って捉えられるようになったのはよかったと思っています。

ちなみに私たちが日常で使う「かん高い」という言葉は、能楽で使われる「干」(高い音)からきていると言われています。能管の最も高い音、ヒシギは奉納の舞台で、神様や宇宙とつながるための音とも言われています。
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音階の概念がない

西洋の音楽に取り組んだ事のある方はお分かりになると思うのですが、スケール(音階)練習ってすごく大切ですよね。平均律 18世紀頃、ヨーロッパで確立された現代で標準的とされている音律、ピアノやフルートなど、西洋楽器は平均律で作られた楽曲を演奏する事を想定して作られています。このような楽器を演奏する時、楽器を自由自在に扱おうと思った時に、まずはその元である、スケール(音階)の練習をします。ピアノでハノンという教本を聞いた事もある方もいらっしゃると思います。ハノンもスケール練習の一つのようなものです。

能管の曲に取り組んだ時、「スケール」という概念がない事に衝撃を受けました。中心音はあるのですが、平均律で構成されていないので、スケールがないんですね。しかも、「ノド」といって楽器の構造にわざと揺らぎを作って音階が成立しないようにできています。

ノドの由来は諸説ありますが、The 和楽器 というウエブサイトによりますと、

能管の響きは聞き手に独特の緊張感を与える。音の高低はあるものの、中音域は通常の音階よりも狭く、独自の音移(ねうつ)りを生み出している。器楽的な純粋音以外に吹き込む息の音が多層的に重なっているため、倍音が大きく増幅されていること。これらの要素が、鳴り始めた途端に能舞台の気配を一変させる稀有な笛の個性を形成している。

能管は“神降ろしの笛”とも呼ばれるとおり、そのルーツは縄文時代の祭祀に使われた石笛(いわぶえ)にあるとも云われている。能そのものが神や死者などこの世のものではない登場物が中心となる舞謡劇であり、それらを舞台に誘う働きとして能管のヒシギが吹き放たれる。まさに石笛の直系と云われる所以であるが、じつは音響特性にも共通点がある。石笛の鋭い高音には人間の可聴音域(20kHz)を超えた22kHz以上の高周波が確認されているが、能管のヒシギにも同程度の高周波が含まれているのだ。これらの不可聴音域は人間の耳には聞こえないが伝脳するため、高揚感やリラックスをもたらす。

The 和楽器より

一噌先生が、能管は人間界と神代をつなぐ性質があって、整っていては、神代とつながる事は出来ない。少し狂っていた方が神代とつながる、という事をおっしゃっていて、それがとても印象に残っています。
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フルート・能管の両立はアンブシュアが崩れる?

こう見えて、フルートの生音の美しさにはこだわりを持っています。フルート界の狭い視点の中では、例えば、クラシックとジャズを併用するたけでも、アンブシュアが崩れる、なんていう声が聞こえてきたりもしますが、結局大切なのは、「何を表現したいのか」という事に尽きると思います。身体を通って導かれた呼吸が金属を振動させて生まれる音の透明感、洗練された美しさは、人間が決めたジャンルに縛られる事は有り得ないと考えています。

それにしても、流石に、能管はどうでしょうか?吹き込みが強烈なので、私も慣れるまでは、瞬間的に死ぬんじゃないかと思っていた時期があります。全身全霊全力で吹き込むので、ポイントやバランスがわからないと、相当消耗するし、吹き込んだ息が強すぎて、反動で入ってきた息が砂漠のように乾いた喉の奥に当たって、猛烈に痛く、反射的に涙が出ます。今は慣れましたが、フルートでは絶対に体験しない状況です。

では、これはフルートに悪影響かというと、そんな事はなくて、吹き込みや腹圧の掛け方がフルートでは、絶対に使わない領域にアクセスする事で、フルートを演奏する時の呼吸の幅にかなり余裕が出来、以前よりも圧倒的にリラックスして、フルートの良い所にフォーカスして演奏できるようになっています。

能管や日本の笛を演奏するようになってよかったな、と思うのは、野外で演奏する時。日本は森の国。森と笛が共鳴する時の強烈な一体感や響きの広がりは、時空を越えるパワーがあります。フルートを外で吹く時もありますが、楽器の出自が、その名の通り「室内楽」なので、室内で吹くために設計された楽器なのです。フルートを野外で吹くと、風の影響を受けて、音が出ない事があります。この事を、信頼しているフルート専門店、テオバルト様に相談したら、「フルートは外で吹くものじゃないですからね」と一言で解決したのですが、(さすが ! と思いました) 、マイクなど現代の文明を使えば、効果的な演出が可能ですが、楽器の構造上の特性を知っておくのは重要だと思います。
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他の視点を持つ事の大切さ

能管を学んだ事で、フルートに対する視野が大きく広がりました。フルートだけでは絶対にアクセス出来ない領域。それを一度体感すれば、フルートにその感覚を転写する事ができます。例えば、スポーツでも前人未到の記録を達成するのは、偉業ですが、その最初の一人が達成すると、後から続々と続くように、一度でもイメージする事ができれば、それは実現可能。

知らない世界をイメージする事が一番難しい事。自分の本業と違う楽器に取り組む事で視野が広がって、新しい世界が広がるきっかけになると思います。

能管に関しては、まだまだ新しい発見があると思います。またいずれアップデートしたいと思いますが、今日はこの辺りでお別れしたいと思います。

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