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数学する_2

一昨日の 数学する で書いたつづきです。

数学するシリーズ続きそう。。


今回は、Twitterで呟いていたことから、今の私の感覚についてあらためて書いてみた。主に、6月の半ばくらいのつぶやきから。。。


これは去年、2018/07/16 の つぶやき。。ここから始めよう。。

’’雅はいつも数学0点’’でした。。高校は数学の単位を落として卒業した。

’’数学が苦手’’というより、わからなかった。数学がそこにある概念を掴み取って、それを記号、数字に落とし込んで、概念をさらに掴み取って、深く知っていく行為であるとこの頃は知らなかったんだ。

音楽はそこにある音、その時耳にした音、質感をを再現するために音符という記号にして、その音をもう一度奏でられるようにしているように、

数学はそこにある法則や動きを掴み取って記号や数字に落とし込んで、知りたいこと、既に知っていることを知ろうとする行為なんだよね。


今年の 6月〜

有から有を生むって、つまりは、そこに何かがある(有)と気付いたり、勘付いて、そこを狙って捉え直す、つまりは研究したりリサーチして、どんどん数式にしたり、言葉にして’’有’’を明らかにする。そして、そこで得たことと他の’’有’’をかけ合わせたり、調理して、新たな’’有’’を生み出す。

開拓すべき’’有’’を探し、開拓し、新たなモノを生む。

これは研究の本質そのものだ。。


何かを研究して、何かを発見した先にあるのは、自分自身の心の広がり。溢れるばかりの情緒。


素晴らしいモノは、すでににあるんだよね。近くにあって埋まってるんだよね。それに気づいた人が、その素晴らしさをさらに知ろうとする。それを研究と呼んだり、調査と呼んだりする。それをカタチにするまでの過程、その行為を私は数学と呼んでる。自分のセンサーがキャッチしたすばらいしものをどうやってカタチにして、伝えるか。そうして豊かにしていくか。能力、魅力の最大化はやはり美しいなと感じる。何かを活かすという行為に、そこにあるものの魅力、可能性に気づいて、いいものに、いいと伝える行為は素敵だ。









既に知っていることをなつかしさを頼りに知っていく、それが雅の数学。
そして、その数学したものを華厳に表現する。そうして、未来の情緒を創っていく、、


すでに知っているという感覚はどうやら「美しい」や どこか知っているという「なつかしさ」のようなもののようだ。私はそう呼ぶ。

自分の発見や感動、美しいや懐かしいが伴う感動をカタチにしたい。。






美しいは命題だ。


美しいと感じたそおものや、その現象がもつ、その美しさをもっと感じたい。もっと知りたい。実感したいから、それについてリサーチしたい。研究したい、そしてもっとそのさきにある、心の広がり、情緒を感じて、抱きしめたい。


((フィボナッチもきっとそうだったんだろうな。。。。。))

フィボナッチについても書きたいなあ。。

















 

とにかく。。


岡潔(おか きよし)

日本の偉大な数学者。彼の本をぜひ呼んでみてほしい。

私のオススメは、「情緒と創造」 と 「人間の建設」


まだまだ数学という切り口から語りたいこと、書き留めておきたいことがあるなあ。


数学する_3 に 持ち越そう。

岡潔。彼の本を今はひたすらに読み漁っている。。。。。





写真: 目_me 《景体》(六本木クロッシング2019展:つないでみる)

荒神さんも自分が出会った「おどろき」や「なんで?」という「気づき」を 数学して、人に伝えているんだよなあ。素敵。。。





今日の音楽:きときと 




大自然の中をかけまわる4本の足音を数学したように感じる大好きな響























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