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第2章 生成AIの本質とは

AI技術の変遷

AI技術開発のブームはこれまで3回あった。
第一次は1950年から1960年であった。この時代は機械的な自動推論により正解を導き出すものであったが、あまり成果はなかった。あったのはゲームやパズルの分野であった。

第二次は1980年代である。法律家や医師の専門知識の分野で専門家に代わりAIシステムが回答を推論する「エキスパートシステム」が開発された。しかし実際にはAIシステムの能力が低く、あまり使われなかった。

そして第三次ブームは2020年から起こった。この生成AIは回答の「正しさ」よりも、大量のデータを統計処理し「より確率の高い回答」に重点が置かれている。つまり誤りがあることを前提としているのである。そして生成AIを多くの一般のユーザーに使わせるようにし、大きな市場を対象にして儲けようとしているのである。

第一次、第二次では、日本政府はAIに対して国家予算500億円を投じたが、ほとんど失敗した。

第三次ブームはアメリカが主導した。つまりアメリカはインターネット技術をバックにして「アテンション・エコノミー」を創造し、このビジネスをGAFAMにやらせた。このビジネスはデータが巨万の富を築くようになり、一部のエリートがその富を支配するようになった。そのためにアメリカでは富裕層と貧困層の格差が拡大し、社会が分断され、社会不安が起こっている。
ヨーロッパ諸国は、このAI技術に対して、人権問題や個人の情報著作権の保護のために、警戒して、AI技術に対していろいろの規制を課そうとしている。日本はAI技術の本質を理解しておらず、オープンAI社やマイクロソフト社・グーグル社にしがみつこうとしている。

生成AI技術とユダヤ・キリスト教

このアメリカの生成AI技術のコンセプトは、一神教のユダヤ教の精神により生まれたものである。つまり「汎用AI」や「シンギュラリティ」という発想は、「はじめに言葉ありき」「はじめにロゴスありき」というユダヤ・キリスト教から出ている。超越的な唯一の神が万物を創造したという教えで、人間以外の存在に知性が宿る可能性があるして、AIが人間の知能を超える「シンギュラリティ」が起こると信じてきた。
ユダヤ教は時間を一直線と考える。時間は神の宇宙の創造から終末まで、つまり、最後の審判まで一直線に流れるとされている。これを彼らは進歩と言う。

マイクロソフトの社是は「ゴーファー・アンド・ステイオンザロード(遠くへ進もう。道を踏み外さずに)」(CEOブラッド・スミスの2023年4月のインタービュー)で、フェイスブックのCEOマーク・ザッカ―バーグのスローガンは「ムーブファスト・アンド・ブレークシングス(素早く動き、破壊せよ)」である。

東洋思想は、時間は一直線ではなく、循環的と考える。また「もの」と「生物」は共生すると考える。西洋的世界観は、いろいろの要素の論理的組み合わせとして対象を分析するが、東洋思想では、いろいろの要素同士が互いに関連し、共鳴しあうものと考える。

生成AIが拡散する誤情報

今日のアメリカが開発している生成AIは、ある事柄が起こった原因を究明する時、考えられるいろいろの原因を取り上げ、その「確からしさ」をシュミレーションして、最も確からしいものを選び、それを答えとして出す。この仕組みのために、いろいろの事柄が起こった時、その原因が何であるかの事例を多く集めてデータとして投入し、生成AIシステムに学習させ、何が最も起きやすいかを学ぶ。データが多いほどもっともらしい答えが出てくる。しかしその答えが正しいとは言えない。出した答えが絶対正しいものであるという証拠はない。

生成AIは人間の考えや意図を理解するわけではない。生成AIはインプットされたデータを記号として扱い、関連していそうなものを選ぶ。だから生成AIの答えは人間にとって正しいものであるとは言えない。嘘の可能性もある。

イギリス・オックスフォード大学の研究チームは2023年5月、誤った情報で学習したAIは社会に不正確な情報をまき散らすだけではなく、さらにAIがそれを取り込むことで誤情報が一段と増えると指摘した。

2024年5月9日、SNSで拡散された海上自衛隊の護衛戦「いずも」をドローンから撮影したとみられる動画について、防衛省は「ドローンが実際に横須賀基地の上空に侵入し撮影した可能性が高い」と言ったが、この動画は英語、中国語、日本語で拡散され、木原防衛相は「悪意を持って捏造された可能性を含めて現在分析中である」と述べた。

汎用生成AIの危険性

人工知能AIという概念は1956年に初めて米国の学会で登場してから、1986年にトロント大学のジェフリー・ヒントン教授が学習アルゴリズムを開発し、そして2006年「画像認識技術」を開発した。それをベースにして2022年オープンAI社のアルトマンが生成AI「ChatGPT」を発表した。このように生成AIは急速に進化してきた。ヒントン氏はAIのゴッドファーザーである。

2023年11月にオープンAI社のお家騒動があった。オープンAI社のCEOのアルトマンが解任された。イリヤ・サツキバーがアルトマンを解任したという。サツキバーは「この解任騒動の原因は人類を脅かしかねない高度なAIの開発を止めようとしたためであった」と言った。
サツキバー氏は「恐怖の曲線」[ y=a/(2040-x) ]「yはGNP、 xは年次」を考案した。農耕の普及や産業革命によって上昇を続けてきたGNPの曲線は、生成AIが登場した2020年から次第に急勾配になる。この先もこの数式通りにGNPが成長すれば、2040年には無限大に達する。これが「シンギュラリティ点」という「人工知能」が「人間の知能」を超える点になる。

しかしこの曲線が正しいという証拠はまだない。

だが「シンギュラリティ点」を超えると人間は、作業者、知能作業者として不要になることになる。そしてAIが自分の「感情」「意思」を持つことになれば、「人工知能システム」が人間を支配することになり、これが兵器として使われると人間を殺すことになる。人工知能が技術としてどんなに優れたものであっても、人間を支配するものは作ってはならない。

ヒントン氏は、AIの進化について次のように言い、警告している。

AIの基礎技術である大規模言語モデル(LLM)が巨大化し、大量のデータを扱うことで性能が指数関数的に向上することを、ここまで予想していなかった。

人間の脳には100兆個のシナプスがあるが、LLMのパラメータ―は2兆ほどしかない。それでも最新のAIモデルは人間の数千倍の知識をもつ。

AIの喫緊のリスクとして、フェイク動画などを生成して選挙で不正行為するために使われることだ。

2024年11月にアメリカ大統領選挙があるが、生成AIでアメリカの分断がさらに進み、民主主義が壊れる。

そして社会で貧富の差がさらに広がり、経済社会の危機となる。

ヒントン氏はこうも言っている。

AIが爆発的な発展を遂げ、GNPのほとんどを稼ぎだすようになれば人間の存在は無視できるほど小さくなる。AIが経済活動を支配する世界ではどんなことでも起こりうる。

現在の対話型AIは人間の脳の100分の1の規模でも数千倍の知識がある。おそらく大規模言語モデルは人間の脳よりも効率的に学習できる。・・主観的な経験という観点から説明すると、AIは人間と同じような感覚を持っていると考えている。

「人工意識」の開発に挑む日本のAIスタートアップである「株式会社アラヤ」(東京・千代田区)金井良太CEOは「現在の生成AIの基盤技術である大規模言語モデルに意識が宿ることも否定できない」と指摘している。

既にリビアでは人間の命令が要らないAI殺人兵器が実践に投入されているという報告もある。イスラエル軍がガザへの空爆の標的選びでAIの自律型ドローンが使われた。そしてイスラエル・ハマス・イランの襲撃にも無人ドローン兵器が使われたと言われている。

ヒントン氏はAIリスクについて直言していくために、約10年間所属したグーグル社を2023年に退社した。ヒントン氏は「AI兵器の開発や使用に対する抑止力はあまり機能しておらず、人類にもたらす脅威は原爆を上回る」と警告している。
ヒントン氏が言うように生成AI技術は、人間の手を離れて、人間の意志とは関係なく、どんどん進化する。これは人類にとって悪い進化になる。イーロン・マスクが言うように、この生成AI技術の開発を中断し、封印しなければならない。

人間を殺傷する兵器として生成AIを使わなくても、生成AIのアルゴリズムを変えて「偽情報」を作ることは大変簡単なことであるが、これも人間社会を破壊する兵器になる。

ポール・マッカートニーがAIを使い、古いデモテープからジョン・レノンの声を抽出し、ビートルズの新曲を完成させた。AIが発達すれば、彼らが作曲してさえいないビートルズの新曲ができる。インターネット上で自分の分身として使われるキャラクターというアバターとの見分けがつかなくなり、我々人間の真正性(本物であること)が失われると、人間性の根幹が崩れることになる。

つまり、本当の問題は、生成AIの「計算能力」や「予測力」が人間を超えるかどうかではない。AIによって、人間が現実と仮想の区別を失うかどうかである。そしてこれにより人間の思考能力が劣化する。つまり人間の思考能力が劣化すると、AIにより人間は洗脳され、民主主義が自壊し、独裁国家になり、人間は互いに憎みあい、いろいろの戦争に巻き込まれることになる。

日本が取り組むべきAIはスペシフィックドメインAI

「汎用生成AI」はこれまで見てきたように人間にとって極めて危険な要素を持っている。この技術は、人間の手を離れ独り歩きする大変危険な技術である。ヒントン氏が言うように、これは原子爆弾より危険なものである。したがって汎用生成AIは国家ぐるみで注意深く技術の動きを監視し、コントロールしなければならない。

現代人の優れた知恵であるAI(人工知能)技術は、「汎用AI」ではなく、特定の用途分野にフォーカスしたものに注力すべきである。そうするとAIは人を殺す兵器にならないで、人間経済社会の発展を促進する技術となる。これが日本が取り組むべき「スペシフィックドメインAI」である。それも特定用途の「エッジAI」技術である。

日本の産業全体のいろいろの商品をこの「エッジ特定AI」を装着して高付加価値の商品にする。かつて1965年以降「メカトロニック」(電子化)で日本的製品として付加価値の高い、炊飯器、洗濯機、エアコン、電子レンジなどの商品を開発した。今度はそれに「エッジAIシステム」が加わり、更に高機能化、高付加価値化する。これが日本産業の再興の道である。そのような商品としてすでに出ているのは「自動掃除機」「ロボット」「ゲーム機」があり、これからAI付きの「自動運転EV」が出てくる。医療機器にもこれから「エッジAI」が入ることになる。

パシフィック・ノースウエスト国立研究所とマイクロソフトはAIベースのシミュレーションを通じて3200万種類の無機材料の候補から全固体電池の固体電解質に適した18種類の新素材を特定した。これを基に素材の合成に成功している。これは特定分野のAI技術である。

武田薬品工業など製薬会社17社と日本電気、京都大学が、新薬候補物質を探索する「創薬AI」の共同研究をし、その試作に成功した。この創薬AIシステムは、一社だけの学習データでは十分でないので、複数の製薬企業が集まり連合学習することにより効果が出る。これからこのような「連合AI学習」の動きが出てくる。

筆者のガスセンサー会社は、ガスセンサー用の性能の良い特殊な「Nano Metal」を「AIシンセサイザー」により合成している。

日本は「汎用生成AI」を開発しなくてよかったと思える時が来る。日本は、日本の文化・風土・歴史を踏まえた特定分野のAIを開発しなくてはならない。

2024年5月13日 三輪晴治