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「もしも自分の人生がドラマの脚本だったら」


もしも今まで生きてきた自分の人生がドラマの脚本だったとしたら、って考えてみた。

ヒーローズジャーニーのお手本みたいな作品。


主人公は次から次へと困難に見舞われ、起きてきた出来事にもみくちゃになりながらも懸命に生きてゆく。その後病気になってしまうが、そこから人生が好転するという話。出来過ぎ(笑)


それにしても私の人生という脚本は、生まれてきたときの設定を色々盛り込みすぎだと思う。


だってね、主人公が実の両親に育てられていることを際立たせたいのなら、先妻の子である姉と私の対比だけで十分なのに、父も母もともに実の親と育ての親が別だなんて。


そんな家に生まれた私って設定、事実だけどかえってウソっぽい。


それに加えて、生まれてすぐに亡くなった、1度も会ったことのない兄の存在にずっと悩まされているだなんて。本当の話だけど、こんなのSNSでよく見る「嘘松乙」でしかない(笑)


スピリチュアルでは、生まれる前に

「自分の人生を設定して生まれてくる」と聞いたことがある。


信じているわけではないが、この盛り込み過ぎな初期設定っていうのがあまりにも私のやりそうなことなので、ひよっとしたらそうなのかもと思ってしまう。


昔ピアノを弾きたいと思ったときに挫折したのは、弾きたい曲が難しすぎたからだし、学校での写生大会が嫌いだったのは頭に思い描いたものを描けなくてイライラしてしまうからだった私。


そんな私が書いた脚本だったら、こんなふうに盛り込み過ぎな初期設定を作っちゃうんじゃないかってね。


ちょっとちょっと、アンタなにやってんのよ。これ、ちょっとハードモードすぎるでしょ!もうちょっと手加減して作りなさいよ。


私が編集者ならいっぱいダメ出ししてやるのに。


でもそんなふうに考えていたら、ハードモードだった自分の人生も、何だか面白くなってきた。


これが「俯瞰して見る」ってことか。






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