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最下位になったことがあるということが人生の大きな経験になる〜大学生⑯〜

合宿の最中にその連絡はきました。

「都道府県対抗駅伝に出てもらえないか?」

電話の相手は石川県チームの監督さん。ライバル校の監督だったのですが、石川県チームとなるとみな仲間なので、いろんな場面で面倒をみてくれた恩人です。怪我人が出たため、急遽メンバーを補充しなくてはならず、僕に連絡をくれたようです。当時は大学一年生。タイムも大したことないのに僕に声をかけてくれたのは、いろんな意味で期待を込めてくれたのだろうなと瞬時に理解しました。

大学一年生の時の自己ベストタイムは10000mで30分30秒でした。都道府県対抗駅伝では実業団選手と同じ区間を走るので、10000mの記録でも軽く2分差つけられてしまうような人とも走らなければいけないので、正直なところ声をかけてもらえて嬉しかった反面、不安もかなり大きかったです。

ただ、鐘ケ江さんのことでチームも前向きに動き出し、いわゆる全国大会に呼んでもらえるのはとても大きなチャンスなので、悩みながらもその場ですぐに引き受けました。大会まで三週間。チームメンバーとの顔合わせもないまま広島に向かうことになりましたが、なんとかなるだろうという少し安易な気持ちもあったのかもしれません。そして、鐘ケ江さんに続けとばかりに気持ちがカラカラと動いて、ラッキーパンチ的に快走できるんじゃないかという期待もありました。

まぁ、甘い考えだったんですけどね。


◾️スポ根は正しい努力か?

当時の僕はキラキラの新成人。ちょうど20歳になったばかりで、成人式を控えてました。箱根駅伝も終わってひと段落し、懐かしい友人と会えるとあって、非常に楽しみにしていました。ところが、合宿が終わって普段の生活サイクルに戻ったことで、気持ちが緩んだのかもしれません。39度の高熱とひどい下痢で完全にダウンしました。しかも成人式の前々日、、、

高熱はあまり引きずらないタイプなので翌日には平熱に戻りましたが、フラフラ。やめときゃいいものを、自分の欲を優先して無理やり成人式に出るため石川に帰省しました。熱は下がっても体調が完全に戻ったわけではなく、式の途中もそわそわ。下痢がしばらく続いていたので、式にほとんど集中できませんでした。

そして、ここでもなんでこんなに無茶しちゃったのかな、、、当時の自分が謎ですが、式が終わったらその日のうちに夜行バスでつくばに帰り、式翌日の夕方にはつくばで30km走をやりました。やらねばならないという強迫観念に囚われていたんでしょうね。

若さゆえなのか、練習しているときは病み上がり感はあったものの、なんとか練習をこなせましたが、気合いと根性でこなしたような感じです。その時一緒に走ってくれたのが前回のnote投稿で登場した細川さん。そう、鐘ケ江さんに暴言を吐いた張本人ですw

類は友を呼ぶ?似た者同士?性格は全然違いましたが、心の根底にある熱い気持ちはとても似ていたと思います。

当時は本当に無茶をたくさんしました。練習してれば強くなる!泥臭い練習をこなすことで道は拓ける!!そう信じて走ってました。ザ・スポ根ですね。


◾️区間最下位という現実

実は都道府県対抗駅伝は成人式の翌週でした。そう、スケジュールにするとこんな感じ、、、

発熱→成人式→30km走→都道府県対抗駅伝

一週間ちょっとの間にこれだけのことが詰め込まれていました。大切な駅伝だという想いがある反面、トレーニングもやらなきゃという想いも強くて、結果的にどれも中途半端な形に。疲れが抜けないまま走る、レースで結果が出ない、練習が足りないんじゃないかと落ち込む、、、その繰り返しです。

結果は書くのも恥ずかしいのですが、「ゴボウ抜かれ」という不名誉な走りをかましてしまいました。前の高校生、中学生が頑張って14位でタスキを持ってきてくれたのですが、僕が次の走者に渡す時には39位まで順位を落としてしまいました。25人にも抜かれる経験はなかなかできないです。風のように僕を抜き去っていく選手が速いのか?単に僕が遅いのか?・・・まぁ、後者でしょうね。

抜かれすぎて状況が理解できずどうしていいかわかりませんでした。これは結構メンタルをやられます。ゴールして次の走者にタスキを渡してから我に帰ると、自分がやらかしてしまったことにゾッとしました。そして情けなくなりました。こんな走りしかできないのかと。。。区間47位、最下位。これが僕の現実でした。

◾️本当に自分を見てくれている人とは

ふるさとの名誉をかけて走る駅伝。出られることは誇りではあったのですが、厳しい結果を残してしまうと状況は一転します。閉会式では謝罪のオンパレードでした。会う人会う人にすみませんを連発してて、申し訳なさでいっぱいになり、何度頭を下げたか分かりませんでした。

そんな時に一番僕のことを気にしてくれて、励ましてくれたのは中学時代に一番厳しかった地元の実業団の監督さんでした。落ち込んでることを察したのかゴール後にすぐ電話してくれて、

「お前はよく走った!だから気にするな!俺にも周りにも謝らなくていい!!」

慰められているのか怒られているのかわからないような強い語気でしたが、そこには確かな愛情がありました。本当に僕のことを気にしてくれた発言。それにどれだけ助けられたかわかりません。中学生の時に県の中学記録を作ってから、周りの人の態度が急に変わるということを経験しました。良い時は群れ、悪い時は離れる。

人間ですから、自分ももしかしたら世の中の有名人に対して、そういった態度をとっているかもしれません。しかし、本当に自分のことを気にかけてくれている人は、ちやほやされている時にきちんと叱ってくれて、苦しい時に寄り添ってくれます。そういう存在を大切にできな人は、スポーツでもビジネスでも普段の生活でも成功しないでしょうね。

大人になればめっきり減りますが、皆さんの周りにはちゃんと叱ってくれる人、厳しく接してくれる人はいますか?今一度振り返ってみてください

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最後までお読みいただきありがとうございます。これからも自分の想いを文字に変えて行きたいと思います。

お読みいただきありがとうございます!
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Miyakawa Kota

株式会社ウィルフォワードアスリート代表。筑波大学体育専門学群卒/元高校教師/柔道整復師/日本陸連A級トレーナー。ランナーのための情報メディア「RUNNING CLINIC」を発信中〜https://runningclinic.jp/

My LIFE1.0〜学生時代

走ることが自分の価値観や人生観の基礎を作ってくれました。僕が陸上競技を通して養ってきた想いを綴ったマガジンです。
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