15歳の少女はこうして青春を過ごしていた。

ある女性の話です。

15歳の時は・・・確か高一で、平日は学校で授業を受けて、放課後にカラオケに行って、休日は特にやることもないので、友達とダラダラして、夕方から焦って宿題をして。

皆さんの15歳はどんなでしたか?

一回目をとじて思い出してみて下さい。

今の15歳はどんな過ごし方をしているのでしょうか。

仕事で関わりのある方の娘さんがちょうど15歳って言ってたっけな。

お母さん思いで、優しくて、お寿司屋さんでバイトして、教育方法が先進的な私立の高校に通っているそうです。

15歳。

多くの人が高校に通って、スマホを持っていて、友達を過ごして、大人にはちょっと反抗してみたりして。

少しずつ広がっていく自分の世界に、精神と肉体のバランスを保とうとしつつも、時にバランスを崩したり、時に全能感すら感じるほどエネルギーに溢れ。

思春期とか、モラトリアムとか、成長期とか。

人間が生きていく上でいくつかある重要なポイントの1つです。

そんな15歳。

自分本位でいい、15歳。

成長を実感する15歳。

そんな15歳から見える景色が、”インスタ映え”しないものだったら、どう感じるのでしょうか。
僕たちはどう感じたのでしょうか。

今回の主人公は、ある女性です。

年齢は89歳。

15歳の時は、今から74年前です。

74年前、日本は平和から遥か遠くにいました。

74年前、昭和20年。

日本は終戦を迎えました。

甚大は被害と、犠牲者と、”平和”が失われました。

先日その女性(Aさん)とお話しする機会がありました。

お話しというか、”僕からの相談”と言った方が正確かもしれません。

"今度、中学生くらいの子供たち向けに戦争を題材にしたイベントをやろうと思ってて"

「そうなんだ!それはいいね!戦争はね、大変だったからね。」

”言いづらいですけど、戦争のお話を直接聞いたりするって、出来なくなってきてるなあと思って”

「そうだねえ〜私らももう90(歳)だし、私らより下の人は戦争の時は子供だったでしょ?わからないんじゃないかな?」

”なるほど、確かに僕の祖父母も70代と80代前半だから、74年前だと・・・小学校に入るか入らないかですもんね〜”

「うん、もちろん戦後も大変だったけど、戦前・戦中・戦後で状況も違ったし、感じ方も違ったかもね〜」

”やっぱり大変でしたか?”

「そうねえ。その時は当たり前というか、当然というか、自分らは大変とか思わないよねw」

”ああ、なるほど、今と比べるから大変に思えるけど、当時はそれが世界の全てですもんね”

「そう。終戦の時、私は15歳でしょ。」
「15歳だとね、今だと、学校に行って、部活動して、遊んで、それ(スマホ )もあってね、私はよくわかんないけど、今の子は色々できるよね〜」

”15歳かあ〜今だとね、思春期で、好き勝手やったり、青春を”

「謳歌できるよね!」

”はい。”
”Aさんはどうだったんですか?”

「私?w」
「私はね、そんな青春を謳歌とか言ってる場合じゃないよw」

”ですよね”

「うん、15歳の時はね、芋を探してたね」

”芋・・・ですか?”

「そう、芋。」
「食べるものが無くてね。芋を探しに行って、ほら、今ほど甘くて大きくてっていう芋もないから、少しでも大きい芋を探してね。必死だったよ。」
「特に戦中戦後とかは闇市って言ってね、お金じゃ何も買えないのよ。物々交換とかね、あと、子供が行くと買いやすかったり、それでもダメだったり。」
「それこそ戦争よw」

”芋を争う戦争?”

「そうw」
「だから、その時の癖が未だに抜けなくてねw」
「娘なんかがゴミ箱に捨てた野菜とか引っ張り出してきては、毎回怒られてw」

”それウチのばあちゃんも同じようなことあった気がするw”

「でしょ?w当時の人はそうかもねw」

今の15歳に「芋を争え!」なんて言うとびっくりするだろうし、言うつもりはありません。

15歳の子も、僕たちも、僕たちの親世代も、みんなその感覚は分かりません。

15歳の少女があの日感じたことは、
もう二度と歴史を繰り返したくないという思いと、
忘れてはいけないという思いの交差する出来事だったと思います。

<終わり>






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