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なぜ自己効力感が低いのか?

僕なりの解釈だと、

・自分でなんとかする力・自分ならなんとかできると思う力・自分が影響を与えられていると思う力・自分は自分に依存(自分次第)している力

こんな感じなのかなと思うんですが、僕の周りも含めて日本人は「自己効力感」が低いなあと感じます。
なぜ低いのかについて書いてみようと思います。

書こうと思ったきっかけは、「死にかけた経験」があったからです。
死にかけたといっても身体的な死ではありません。
要するに、「自分の事業部を潰しかけ」ました。
ボトルネックである採用面で苦戦し、あろうことか”言い訳”を社長・役員に並べ立てていました。
クソダサですね。
そんな、自分自身のクソダサな保身のおかげで「大切な仲間」が路頭に迷うとこでした。
キラキラして働いている若い仲間、小さな子供を育てながら働いているママさん・・・
本当に危なかったです。

そんな死にかけた時に、ギリッギリで僕を救ってくれたのが「自己効力感」でした。

「僕がやる」
「僕がきっとやり遂げる」
「何が何でも僕が守る」

そう思えた瞬間。
目の前がパーッと開けた気がしました。

その後、数ヶ月にわたってリアルに寝食を忘れ、熱狂しのめり込みました。

本当に楽しかったです。

そんな死にかけた経験から見えた「自己効力感」について僕なりにまとめようと思います。

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義務”受動”教育の弊害

自己効力感は、いきなり持てるものではありません。
「小さな訓練」が必要です。
例えば、
授業中に手をあげる、わからないものをわからないと言う、自分はこれがやりたいと言う・やる、親や先生にバカにされる程度の壁は乗り越えられそうだと思う。

自分真にやりたいことを実現する・やり続けるためには必要なことです。
社会に出て、日々過ごしてると本当にそう思います。
意志のない仕事のほとんどは、不器用でバカな人間がやるよりもロボットにやってもらったほうがいいと思います。

しかし、「教育」はそうしたロボットを大量に生産しようとしています。
社会学者:宮台真司さんに言わせると【言葉の受動機械】です。

集団から外れて、自分のやりたいことをやっていると、集団の中に連れ戻されます。
厄介なことに、「連れ戻す理由がない」のです。
どこかで聞いたことがある「であることをする文化」の象徴的な行動です。

受動する奴が「良い子」と定義され、能動的な奴は「悪い子」と定義されます。
とんでもない教育です。
でも、そのとんでもない教育を”スーツを着た子供達”がしたり顔で押し付けてきます。

そうやって、ほんの小さな挑戦をするチャンスを逃していくのです。

効力発揮=害悪

おいおい余計なことするなよ。
誰が責任取るんだよ。
独りよがりかよ。

前段の教育についても同様に言えるのですが、効力を発揮する人に対しての寛容性と共感性が著しく低いことは現代においての課題の1つだと思います。

学校教育を卒業した後にも、「言葉の受動機械」洗脳が待っています。

「組織」です。

戦後日本は、労働集約型産業から資本集約型産業への移行により、経済を爆発的に成長させてきました。
今日、僕たちの生活が安全で安心で豊かであることは、紛れもなくその時代の方々のおかげです。

しかし、この時代に培われた成功は、現代にきて影を落とし始めています。

「効力を発揮する奴は害悪だ」という考えです。
ちょっと過激な言い方ですが、そんなに外れてもいないと思います。

上司に楯突いたら「悪い奴」
目立つ奴は「とにかく悪い奴」
転職する奴は「裏切り者」

自己の効力を発揮することに対して強烈な嫌悪感を持たせる教育を続けた結果、この有様です。

「量」

自己効力感を上げるには、早い段階での訓練が必要不可欠です。
しかし、多くの会社や組織の中では、それと相反するような構造が多くみられます。

何度も言っている「小さな訓練」は一朝一夕ではできません。
若い時から、社会に出た頃から訓練しなければ身につきません。

そうなっているでしょうか?

僕よりも大学の成績が良くて、誰よりも一番最初に就職の内定をもらった友人は、入社3年間ずっとコピーを取り続けているそうです。
10年目くらいになると、新規事業などもできるそうですが、それまでは平社員であることを確約されていて、上司の言うことに逆らえないそうです。

もちろん本人のマインドセットもあるとは思いますが、これが現状です。
日本のエリートの現状です。

10年間も右から左にただ頭も使わず「言葉の受動機械」になってしまった人間の再生は困難を極めます。
”じゃあ、30歳を超えたし、キミも新規事業を考えたらいい!”
やりたくても、訓練を30年間積んでこなかったら、効力を発揮することは極めて難しいです。

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他にも思いついたら書いていきます。

ポジティブなことをあまり書いていなかったですが、まあ、本当に危機感を感じた方がいいと思います。
そして、一気に大きなことはできないので、目の前の小さな課題に一生懸命取り組み、「効力発揮」の成功体験として自分の中に溜め込んでいくことができれば、まだ足を踏み入れたことのない暗闇でも、前を向いて走って行けるんじゃないかと思います。

1日も早く、日本中が「自己効力感」に溢れればいいなあと願っています。


<終わり>



シニアの方々が、主体的に・楽しく生活し続けられるよう、頑張ります!少しでもご協力頂けると幸いです。