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そもそも、子ども食堂が広がることが解決の手段になるのか?という疑問

子ども食堂が、全国で3700箇所を超えたという話題が全国を駆け巡り、地域によっては多い県少ない県をわざわざ取り上げ、少ない県はなんとなくつるし上げるような報道をしているところもありましたが、正直この流れは違和感しかない。

細々な事情はおいといて(聞きたい方は、直接取材なり聞きに来てください)、私は少なくとも「広がれ子ども食堂の輪!in宮崎」の実行委員長であり九州の数件の立上げに湯浅誠氏と関わって来た立場ではあるけれど(今更一緒に関わっていたといわれることすら嫌でしょうが・・・)、実はこの数年の流れには違和感しか感じていなくて早い段階で、この「子ども食堂広げようね」みたいなキラキラ発信からはフェイドアウトしているのです。
んなもの、既に感じてるはずだけど、
「子ども食堂で子ども達を救えるのか?」
っていう疑問は拭えない。

子ども食堂自体はとてもいいものであるし、私自身、当然この仕組を広げるためにまだ県内で誰も知らないところへ周知することに尽力してきた。こういう言葉なんかなくても児童虐待防止の活動を始めた20年近く前からやろうと思っていたことだったので、どんな状況になろうともやるつもりです。というかもう、子ども食堂をスタートしてからかれこれ3年目に入りました。

私が敢えてこの名称を使うのかというのは、私の尊敬する「子ども食堂”だんだん”」の近藤博子さんの存在や助言、全国の共感してくれる仲間達の存在があるからであります。

市内でもおき始めている「売名行為」の道具に使われるこの「子ども食堂」という名称について、自分自身が使用していることすら毎度悩む毎日。

※この辺りは近藤さんの強い思いやスタンスを聞かせてもらっているから頑張れる!

子ども食堂っていうのは、そもそも自然発生的に広がったものであり決して行政主導だったり政策の一貫で進めるものではない。社会補償問題、労働問題色々とやるべき課題は山積みだ。なのに知らないところで勝手に数値化され、何を血迷ったか「子ども食堂が広がることがいいことだ」「協力しない行政はダメだ」っていう風潮に対してはそろそろ見直す時期に来ているのではないかと。行政のやるべきは子ども食堂の支援じゃなくて問題を抱える子ども達の支援に関する政策関連でしょ?

もっと踏み込んで言うならば、「子ども食堂=サードプレイス(第3の居場所)」ではないのだ。「サードプレイス=子ども食堂」なのだ。ここ間違ったらダメよね。「サードプレイス」がメインテーマであり、その一つとして「子ども食堂」という位置づけなんじゃないかと。

子ども食堂の数が「行政頑張ってるね」みたいな評価の指標になんかされたらすごく困る!だって、そんなもので解決なんてできるのは一部であるし、行政のすべき所はそこじゃないからね。現場走ってたら子ども食堂なんて色々な支援の入り口でしかない。もっとやるべき政策とかやるべき支援は山のようにあるのだ。

もっというなら、子ども食堂を広げる支援に政策などが絡むと、「すり替え」という事が起きてしまうことを懸念している。共助でがんばってるんだから、生活保護費いらないよね?じゃあ、政策で予算減らしましょう・・・とか。

今回の子どもの貧困対策改正法案での大綱の指標に子ども食堂の数が入っているのか?いや、寧ろそんなもの入ったら大変な事になるぞ。それよりもシングルマザーの問題、引き込もり問題、もっと掘り下げてやらねばならない問題が山積みだ。

行政支援が必要というのなら、ツールだけで言えば子ども食堂でなくて、
「アウトリーチ型」であり自立支援の色の強い「こども宅食」に介入すべきだし、もっというなら自立支援に力を注ぐべき。という考え。

子どもの貧困対策ではないといいつつ、子ども食堂を取り扱っている全国の管轄は「子育て支援関連」「子どもの貧困関連」の部署であり、言ってることとやってることと管轄課、・・・なんか矛盾してない?って思う今日この頃。
町づくりとか地域包括の視点で行くなら「地域コミュニティ」「地域町づくり」が担当課になるべきで今後は当然その課がベースになってくるであろう。もっというなら、市民活動の中間支援組織に窓口になってもらう方が手っ取り早い。だって、既に巷では「子ども食堂=子どもの貧困対策」じゃないって言ってるんだからね。

シンプルな動機として、子ども食堂は社会現象であり、もはや管理は不可能なレベルに達した。管理・把握する意味すらない。既にファミマ論争が起きたように「子ども食堂」っていうのは何でもありなのだ。

一つ自戒も込めて言うのは、

「子ども食堂=フィーバーしちゃった私」

みたいな構図は辞めること。子ども食堂はあくまで支援の一環であり、自分がメディアに出たり講演会で話したりする事が目的ではない。そんな暇あったら子ども食堂の開催回数増やせって話。もっと酷いのは発信している人たちの中にはやったことすらない人が平気な顔して子ども食堂を語ること。本気でその本質が分かるのか?と問いたい。

そういう訳で、既に社会現象化してしまった「子ども食堂」はもはや管理不可能なレベルまで達しており、私たちが介入することは皆無なのであります。

話が長くなったので、また日を新ためて♪

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